漫歩の女
一日の終わり。修行が終わって夕飯も終わってさて後は汗を流すのみとなった頃、間接的な知り合いがカメハウスを訪れた。
「ほんじゃ、夜遅くにお邪魔しましただ」
「こちらこそ、気を遣ってもらってすまんかったのう」
「とんでもねえっぺ。武天老師様にはいつもお世話になってるだでな。んじゃ、どうか来年もうちの豆畑をよろしくお願いしますだ」
「うむ。来年もやらせてもらうぞい」
豆畑の持ち主、ビーンさんだ。その人に面識はなかったが、その人の持ってきた豆には面識があった。
「すごい量の豆だなあ…」
「いくら豊作だったとはいえ…どうするんすか、これ」
この初夏、俺とクリリンが汗水垂らして耕した畑の豆だ。その小山のような有様に、今は呆れ汗を浮かべていると、客人を見送り終えた老師様が杖を置きつつ言った。
「確かにちょっと多過ぎるがの。なあに、そのうちランチちゃんがおいしく料理してくれるじゃろうて。とりあえず、豆撒きでもやるかのう」
「豆撒きですか…」
「ちょうど今日は節分じゃ。おそらくその験を担いでくれたんじゃろうから、期待には応えてやらんとの」
ちなみに、ちらと話を振られたランチさんは、何も言わなかった。完全に我関せずといった感じで、ビールを傍らに黙々と銃を磨いている。かつては『なんでオレがそんなことしなくちゃならねえんだ』などと怒ったことのある彼女も、今ではすっかり要領を得ているというわけだ。
「パーッと派手にな、景気よく撒くがよい。それでこそ福もやってくるというものじゃ」
言うと老師様はソファに腰を下ろし、グラスに半分ほど残っていたビールを飲み始めた。ま、酒の肴の戯れってところだな。
「鬼はー外ー、福はー内ー!…はい、ヤムチャさんもどうぞ」
「俺もか…よーし、じゃあいくぞ。鬼は〜外っ!…あっ」
とりあえずの一撒きを、俺は軽〜くドアに向かって投げつけた。その途端、そのドアが開いた。そして俺は息を呑んだ。
あわわわわ…
ドアの向こうにブルマがいたのだ。それはもう見事な仏頂面で。どうしてそんな怖い顔をしているのか、それは一目瞭然だった。
「あっそ。鬼はここへは来るなってことね!」
「ち、違う!偶然だ、偶然!そこにいるとは思わなかったから…」
怒号を発してハウスを出て行こうとする鬼…もといブルマを、俺は慌てて引き留めた。豆はともかく『鬼』などと面と向かって言えるわけがない。という言い訳も、言えるわけがない。
「本当にごめん。武天老師様が景気良くパーッと撒けって言うから…」
「こりゃヤムチャ。わしのせいにする気か」
「だって…」
俺は老師様の戯れに付き合っただけなのに。戯れが怖れに変わった…
「何で今頃豆なんか撒いてんのよ。豆撒きのバイトはやらなかったの?」
「豆なんかぶつけられたって、修行にも何にもなりませんよ」
老師様に小突かれている俺に代わって、今のこの俺の立場を逃れたクリリンが、ブルマの相手をすることになった。とはいえそれも、ほんの一時のことだった。
「そうでもねえぜ。東の方には豆鉄砲ってものがあるらしいからな。修行したけりゃやってやるぜ」
少しだけ酔いの回った低い声で呟きながら、ランチさんが銃を構えたからだ。磨き上げられたばかりのその短銃は、そら恐ろしいほどに黒光りしていた。
…豆鉄砲っていうのは、そういうものじゃないです。
などと言える人間が、いるはずもなかった。


急激に引き締まった空気の中、気を取り直したらしいブルマがキッチンでコーヒーを淹れ始めた。
「来たのはブルマちゃんだけかの。いつものお供はどうしたんじゃ?」
「うん、今日はあたしだけ。明日、ハイスクール休みなの。ウーロンとプーアルは次の休みに来るって」
床に散らばった豆を拾い終えた時には、場の空気はだいぶん戻ってきていた。部外者の誰もいない、内輪の雰囲気。今やブルマもすっかりここの準レギュラーだ。
「ブルマちゃんも案外マメじゃのう。節分だけにな」
「つまんない冗談ね〜」
何の遠慮もなしに老師様の言葉を切り捨てて、ブルマがコーヒーカップに口をつけた。立ちながら。そして何かを探すように身を反らしたその時、俺はその腕の下に先ほど感じた怖れの名残を見つけた。
「ブルマ、服に豆が入ってるぞ」
「え?」
「右腕の脇の下…ここんところ」
俺が豆を抓み出すと、ブルマがそれは大きく身動ぎした。だから、それが原因だ。ブルマが動かなければ何の問題もなかったんだ。だいたい俺が手を伸ばしたのは、胸じゃなくて脇だし。…………まあつまりちょっとその…触っちまったわけだ。ちょっとだけ。本ッ当にちょっとだけだけど。
「ちょ、ちょっと!どこに手入れてんのよ!」
再びブルマが怒り出した。俺は少し罪悪感を感じつつも、必死に弁解した。
「ち、違う違う!誤解だ、誤解!俺はただそこに引っかかってる豆を…」
「エッチ!」
「ご、ごめん。でも、ほら、これ、この豆が脇のところに引っかかってたから…」
「それがなんだっつーのよ!」
うっ。
何って。何って、その、えーと…
言葉に窮した俺の後ろでは、事態を見逃したらしい面々が、それぞれの興味の度合いに基づいた態度を取り始めた。
「どうかしたんすか?」
まずはクリリンがそう訊いてきた。ランチさんは少しだけこちらを見て、だが何も言わずにビールを飲んだ。わりとなんてことない二人の態度にも関わらず、俺は再び言葉に窮した。
「…う。え、ええと…」
「何でもないわよ!」
「怪しいのう」
老師様が酔いに濁った目を向けてきた。その途端だった。
「どこがよ。あたしお風呂入ってくる!」
そこがだよ…
思わずそう突っ込んでしまいたくなる不自然さで、叫ぶなりブルマはバスルームへと駆け込んでいった。俺に飲みかけのコーヒーカップを押しつけて。…逃げたな。そう言える立場では、俺はない。だが…
――この微妙な空気を一体どうしてくれる…
飛び出していった人間を除く全員からの視線に笑顔で誤魔化して、俺はカップを下げるためキッチンへ行った。


どことなく静まり返った部屋に、バスルームからの水音が響き始めた。それを聞きながら、非常に手持ち無沙汰な時間を、俺は過ごした。
リビングとバスルームの境の壁に背を凭れて。今だ時々寄せられる、訝しげな視線をかわして。
偏にブルマのせいだ。ブルマがバスルームを占拠したから、次にそこへ入りたい俺としては、ブルマが出てくるのを待たねばならない。
「じゃ、おれそろそろ休みます。老師様、ヤムチャさん、ランチさん、おやすみなさい」
「うむ、今日も一日お疲れさん」
事実としてはそれだけだったのだが、周囲の目はそれだけとは見てくれなかった。例えば、やがて二階へと上がっていったクリリンにそう応えた後の老師様だ。
「ヤムチャ、おぬしはまだ休まんのか?」
「俺は風呂がまだですから」
ビールの効果による陽気のせいだろうか。事実を言っただけである俺に対して、老師様はこんなことを言うのだ。
「ブルマちゃんを待っとるというわけか。気の強い女子をガールフレンドに持つと大変じゃのう。ほっほっほ」
「そんなんじゃないですよ」
心なしか、ランチさんの目が笑ったような気がした。もちろん、もう一人の彼女がよく零す優しげな笑みではない。
なんだかなぁ…
今日に限って、妙にいたたまれないなあ。武天老師様はすっかり酒が入っておられるし、わかりにくいがランチさんも、どうやらそうであるようだ。酒の飲むことのできない俺としては(本当はランチさんも飲んじゃいけない年齢なんだが。こっちのランチさんはあらゆる意味で無法者だからな)、如何ともしがたい雰囲気なんだよなあ。しかも今は酒の肴にされてるようだから、特に。
心中の思いを呑み込んで俺が無言を通していると、やがて水音が止みくぐもったブルマの声がバスルームから聞こえた。
「ランチさん、ランチさーん」
「何だぁ?」
「悪いんだけど、あたしのリュック持ってきてくれない?中に着替えが入ってるの。どっかそのへんにあるから。あっと、亀仙人さんは来ちゃダメよ!」
最後のセリフで、なんとなくだがブルマの状況がわかった。自分で取りに来たくとも来れない、特に老師様の目には留まりたくない姿であるということだ。
リュックはソファの横にあった。大儀そうに、ランチさんがそれを取り上げた。
「ほらよ」
「えっ…」
と思ったら、俺の方に投げて寄こした。そしてさして表情も崩さず淡々と言い切った。
「おめえが一番近いだろ」
「はあ、まあ…」
それからやおら何杯目かのビールを飲み始めた彼女に、それ以上言う言葉は俺にはなかった。いつもならこんな時即行で腰を上げるだろう老師様は、今は睡魔に襲われつつあるようで、ソファに体を投げ出していた。俺は一方では気を抜き、一方では用心しながら、バスルームの手前ラバトリーのドアをノックした。
「あ、ありがとう。ドア開けて置いておいて」
ブルマは言ったが、俺はその通りにすることができなかった。指示されたにも関わらず、どうしていいのかわからなかった、というのが本当だ。この気持ちは、男ならわかってくれると思う。
我ながらぐずぐずしていると、半分ほどドアが開いた。俺は咄嗟に横に飛び退いて、壁に背をつけながら腕だけを差し出した。
「ほら」
さらに、ブルマがなかなかリュックを取ろうとしないので、声だけで促した。こんな時ウーロンや武天老師様なら、きっと嬉々として入り込んで行くんだろうが、俺にはそんな度胸はない。後のことを考えればなおさらだ。役得を得るにはリスクが大き過ぎるんだよな、ブルマの場合。
そんなことを考えたのは、やはりさっきのことがあったからだろう。つまり言い訳していたわけだ、今のこの状況に。そんな格好のブルマと会話することなんて、C.Cにいた頃でさえなかった。…そう、今のこの状況で、まったく何も想像しないわけはない…
「サンキュ」
とはいえ、具体的にその姿を思い浮かべるところまではいかなかった。理性と、何よりブルマのカラッとした声が、俺を現実へと引き戻した。そして次の瞬間、俺はさらなる現実へと引き込まれた。
「わっ」
俺が指先に引っかけていたリュックを、ブルマはそれは荒っぽくひったくった。しかも下へ向けて引っ張ったもんだから、俺はそれを手放せずに、体ごと持っていかれた。咄嗟に受け身を取ったのが、いけなかった。
…………のだろうか?
いや、これは不可抗力だ。いきなり引っ張ったブルマが悪いのだ。転べば誰だって受け身を取る。むしろ、俺は被害者だ。
だが、対外的にはどう見ても俺が加害者だった。
「ゃ…っ」
「わっ!わわわわっ!」
気づけば床についたはずの右手が、思いっきりブルマの胸を掴んでいた。バスタオルを一枚纏っただけの、少しばかり汗ばんだ豊満な胸を(それがわかるほどにははだけていた)。ブルマの漏らした小さな叫びに罪悪感を掻き立てられながらも、俺は必死に弁解した。
「ご、ごめん!わ、わざとじゃないんだ!偶然なんだ、偶然!急に引っ張るからバランス崩して…受け身を取ったらたまたま手がここに…」
ブルマの平手が飛んでこないようにと。本気で無視されてしまわないようにと。…今の感触を思い出さないようにと。
俺の願いは叶えられた。でも、それで収集がついたわけではなかった。
「…わかったから、早くそこどいてよ。それとも、乗っかってるのはわざとなの?…」
ブルマが絞り出すようにそう言った。眉は上がっていたが、顔が真っ赤だった。
「え……あっ…」
それで俺は、ようやく状況を完全に把握した。床についたはずの右手がブルマの胸の上にあるとは一体どういうことなのかを。俺の下に横たわっているブルマが赤くしているのは、顔だけじゃなかった。風呂上がりの桃色に染まる肌。それがほとんど半裸といってもいい状態で、目の前にあるどころか、俺の体に触れていた。…俺、まだ風呂入ってなくてよかった。薄着だったら、正直たまらん。なんてことを考えつつ、気持ちを目の前の現実から逸らそうとした。だから、やがて溢されたブルマの嫌みともつかない促しには、大いに反発した。
「わかったらさっさと離れて。それとも何かしたいわけ?」
「ち、違う違う違う違う!全ッ然、そういう気はない!!」
っていうかさ、例え思ってても言わないだろ、そういうこと。照れ隠しなのかもしれないが、それにしたって無神経なやつめ…
とはいえ、結果的に、俺の気持ちは大いに逸れた。
「だったらどいてよ」
もちろん、するつもりだったんだよ。
反論というよりは自分に言い聞かせるようにして、俺は腰を浮かせた。同時に引き抜かれたブルマの足の動きにどきりとした、その時だった。
「何やっとるんじゃ、おぬしら。そういう仲直りの仕方はちいっと早過ぎるのと違うか?」
おもしろそうな口調で言いながら、老師様が現れた。ソファで寝ていたはずなのに……目敏い。そして…
「ちちち違います、老師様!これはブルマがあんまり強く引っ張るから…」
「ちょっと!あたしのせいにしないでよ!!」
「第一そういうことはこんな冷たい床の上ではなく、ちゃんとベッドでやらないかんぞい」
…完全に誤解しておられる。っていうか、ブルマの前でそういうこと言うのやめてほしい…
「違うって言ってんでしょ!あたしもう寝る!」
…ほら怒った。
当然といえば当然の流れで、ブルマが声を張り上げた。そして床に転がっていたリュックを引っ掴むと、あっという間にラバトリーを飛び出していった。
「ありゃりゃ、怒ってしもうたわい」
いかにも心外だといった様子で、老師様が言った。遠ざかっていく荒々しい足音を聞きながら、俺は溜め息をついた。
「老師様のせいですよ」
「ちぃとおせっかいだったかのう。床の上でもよかったんじゃな。邪魔して悪かったのう」
「…いえ、それはいいですけど」
そんなことより、後のことが。思いっきり逆撫でしちゃって、後で顔を合わせた時、一体何を言われることやら…
「…とにかく、俺も風呂入りますから。ドア閉めますよ」
「おぬし、淡泊じゃな」
「修行中ですから」
ことさら淡々とそう言って、俺はドアを閉めた。これには老師様も反論できない、はずだ。
「はあぁ…」
…なんか今日、疲れるなあ。
ウーロンや武天老師様ならいざ知らず、俺にとってはキツ過ぎる。いろいろと…その、精神的な刺激が。体が疲れているのはいつものことだが、今日は心も疲れてるぞ。
と、ことさら現実的な物の見方をしながら、俺はシャワーのッコックを捻った。


風呂を上がってリビングへ行くと、クリリンがいた。
「どうした、クリリン。休んだんじゃなかったのか」
「そうなんですけど、目が覚めちゃって。…ヤムチャさん、ブルマさんと何かあったんすか?」
どうやらブルマに起こされたらしい。必要以上に音を立ててドアを叩き閉めるブルマの姿を想像しながら、俺は頭を振った。
「たいしたことじゃない。ちょっとしたアクシデントがあっただけだ。では老師様、お先に失礼します」
「何、もう寝てしまうのか。続きはやらんのか?」
「いつもと同じ時間ですよ」
わざとらしく眉を上げた老師様の、最初の質問だけに俺は答えた。後の部分は…もう無視する。どうせ酒の肴の戯れだ。それに、続きも何も、もともと何もしてないんだからな。
「つまらんのう。色気のないやつじゃ」
「修行中ですから」
老師様は色気あり過ぎです。なんてことは俺は言わずに、二階への階段へと向かった。ウーロンには言ってやれるが老師様には言えない、この台詞。弟子の辛いところだ…
…………あ。
リビングに背を向け階上へと目を向けると、俺の気は引き締まった。明日の修行を思って、のことではなかった。階段の途中にブルマがいたからだ。俺と同じように足を止めて、こちらを見下ろしている。
…そんなに、怒ってはいないかな。
見下ろしているわりに、あまり居丈高には見えないその姿を見て、俺は思った。それでも、完全に気を抜くわけにはいかない。何の予兆もなく平手を見舞われたことが、これまで何度かあるのだ。でも同時に、ブルマを直視できない理由は、今の俺にはなかった。今目の前にいるブルマはきちんとパジャマを着ているし、俺は少なくとも引け目を感じなければならないようなことはしていないのだ…
つまり、俺はわりあい冷静だった。それでも、やがてブルマがしたことには、意表を突かれた。ゆっくりと降りてきたブルマは、ふとしゃがみこんだかと思うと、先ほど俺が拾い忘れたらしい豆を摘み上げ、そしてそれをいきなり俺の顔にぶつけてきた。
「鬼は〜外っ!」
「は?」
一瞬の呆然の後に、俺が現実を吟味した。
今頃、さっきの仕返しか?思いっきりズレてないか?
「不運、お返しするわ」
は?
ブルマはさらにわからないことを言ったが、今度はその言葉の意味を考える暇もなかった。
「ひててて、ひょっとブルマ…」
なんか知らんが唐突に、ブルマが俺の頬を抓り上げたからだ。いや本当に、さっぱりわからない。遊んでるわけではなさそうだし、むしろ平手打ちされる方がわかるくらいだ。
「う〜む、失敗したのう。もうちっと待ってから覗きに行くべきじゃった。さすればいいものを見れたかもしれないのにのう。まこと惜しいことをした」
やがて老師様がそう言って、俺の頬は解放された。かといって、素直に感謝できようはずもなかった。
「まだそんなこと言ってるんですか、老師様」
ちょっとしつこいよな。いくら今日はランチさんが金髪で、相手してくれないからって。あんまりしつこいと、ブルマがまた怒るぞ。
まさしくブルマは怒った。今はきっちりとパジャマを着ていたせいもあるだろう、さっきよりは悠々として、老師様の前に出て行った。
「そんなんじゃないって言ったでしょ」
「なんじゃブルマちゃん、寝付かれんのか?しょうがないのう。どれ、わしが添い寝してやろうかの」
「このセクハラじじい」
間髪入れず、ランチさんが言い切った。こうしてカメハウスはいつもの雰囲気に戻った。いつもの、女性が強い雰囲気に。自分の趣味の時間(銃のメンテナンス)を終えたらしいランチさんはきっぱりとしていた。ブルマもペースを取り戻したらしくはっきりしていた。クリリンは呆気に取られたように押し黙り、よって色気を漂わせているのは、武天老師様ただ一人となった。
「何を言う。わしはブルマちゃんが淋しかろうと思ってじゃな、気の利かんヤムチャの代わりにその役を買って出たまでじゃ。女子を寝かせるのは男の仕事ゆえ――」
「それ以上その酒臭い口を動かしたら、このリボルバーが火を噴くぜ」
「…最ッ低」
…相変わらず困らせられることに変わりはなかったが。いや、相変わらずどころか、いつにも増して困らせられる。ここまで露骨な言い方、いつもはしないのに。ランチさんが金髪で助かった…
思わず伏せていた目を上げると、同じようにそうしていたブルマと目が合った。直後の数秒間、何とも言えない沈黙を、俺たちは味わった。…なんかな。間が悪い、ってこういうことだよな。
ブルマが何も言わなかったので、俺も何も言わずに、再びリビングに背を向けた。そうした方がいいと思った。…そうするしかないと思った。だから、あくまでいつものように階段を上がった。
努めて前のことだけを――明日の修行のことだけを考えて。
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