守れる女
夏が来る。俺は夏が嫌いだ。
正確に言うと夏そのものではなく、夏を過ごすある人物の様相が嫌いなのだ。
その人物の名前はブルマ。こいつは俺の彼女だが、本人に女の自覚があるのかどうかは甚だ疑問だ。
ブルマはよく自分のことをいい女だとか美人だとか言うが、まあ前半はともかく後半は肯定してもいいかなと俺も思うが、それとはまた話が別だ。何と言うかな、それはこいつの建前で、心の底では自分のことを女だと思っていないんじゃないか、というのが俺の率直な感想だ。
例えば、今だ。まだ初夏も初めだというのに、こいつはチューブトップにショートパンツなどを着て飄々としている。
「おまえ、寒くないのか?」
「全然。暑いくらいよ」
言いながらトップスをめくってみせる女がどこにいる。
俺は自分の手でその動きを引き継ぐと、唇を寄せた。

おっと、まだ終わりじゃないぞ。これから始まるんだからな。


故あって、俺はブルマにショッピングへと連れ出された。理由は言いたくない。いつか俺が老境に入り、勝ち負けというものに価値を見出さなくなった時、話すこともできるだろう。
この日はこの時期にしては暖かく、夏の訪れを予感させる陽気ではあったが、それにしたってブルマの服装は、先取りにしすぎた。
上部に豹柄の毛皮のついた白いチューブトップに、腿まで見えそうなミニスカート。
どうしておまえはそう露出過多なんだ。そして夏(ブルマ談)なのになぜ毛皮。まったく女の服というのは、わけがわからないな。
行き交う人間がブルマに視線を送るのが、はっきりとわかった。本人は鼻高々のようだが、違う、そうじゃない。おまえのその服装が問題なんだ。
露出に対する色目と、やはり露出に対する奇異の目。誰がどう見たって、おまえの格好は寒すぎなんだ!
一体どういう新陳代謝をしてるんだ。日頃部屋に篭りっきりのくせしやがって。
俺なんか命を削るような修行をして、この体格を保っているんだぞ。なのに何もしていないおまえが、どうしてそのスタイルなんだ!
俺はブルマの体を見た。頭の天辺から足先に至るまで。均整の取れすぎたその肢体…
おっと、いかんいかん。
しかし見慣れているはずの俺でさえこうなんだから、初めて見る人間の目が釘づくのも頷ける。
お願いだから、もう少し気を遣ってくれ。

さてそれは、俺がブルマの傍を離れた時に起こった。どうして離れたのかって?…生理現象だ。
ブルマの元へ戻ろうとする俺の耳に、あいつの怒鳴り声が聞こえてきた。
「しつっこいわね!だから行かないって言ってるでしょ!」
またか。
まったく、俺がいなくなるとすぐああいうのに捕まるんだからな。自業自得だが。
俺がもう少しで相手の男を射程におさめようというところで、そいつがブルマの手首を掴んだ。おまえ、チャレンジャーだな。
ブルマは腕を一振りしてそれを払うと、意を決したように男を見据えた。
「あんた、本当にしつこいわね。…撃つわよ」
何?
言うが早いか、ブルマは左手を目の高さまで掲げ上げ、手首に嵌めた腕時計の横についているレバーを引いた。
1回、2回、3回、4回…
何だ何だ。
思わず立ち尽くす俺の視界で、それが形を取り始めた。
時計の底がスライドした。
弓床が立ち上がった。
トリガーが現れた。
ヤバい!
仕組みはさっぱりわからないが、これは明らかに射出武器だ。しかもクロスボウ※の類だ。
俺は地面を蹴った。
「バカ、やめろ!」
「あっ、ちょっと、何すんのよヤムチャ!」
一瞬でブルマの隣に移動すると、その腕を掴み上げた。
「離してよ!あたしは被害者なのよ!」
今のところはな。
だが、俺は口に出しては、男に向かってこう言った。
「おまえもさっさと立ち去れ。死にたくなかったらな」
まったくなんで都の真ん中で、こんな台詞を言わなければならないんだ。
ほとんど呆然としていたその男は、俺の言葉で我に返ったらしく、先ほどまでの執拗さはどこへやら、疾く疾くと踵を返した。
「一昨日きやがれってのよ!」
ブルマがその後姿に向かって叫んだ。


「まったく、夏はああいうのが多くて嫌んなっちゃうわね!」
だから服装を正せと…いや、すでにそういう問題ではないな。
「一体何なんだ、それは」
俺は訊いた。…あまり訊きたくはなかったが。
「これ?護身用よ。腕時計内蔵超小型クロスボウってとこかしら。銃刀法にも引っかからないし、時間もわかる。一石二鳥よね!」
そんな一石二鳥、俺は知らん。
「それより何よ、さっきの台詞は。殺すわけないでしょ。ただの麻酔針よ」
誰だ、こいつを科学者にしたやつは。
頼むから道を踏み外さないでくれよ…

しかしまあ、こいつはこいつで自分を守ってはいるんだな。
明らかに過剰防衛だが。


これで余計目を離せなくなったな…




※『クロスボウ』…機械弓或いは洋弓銃。金属製の甲冑をも易々と貫通して致命傷を与えるため、非人道的として使用禁止令を出されたこともある、大変おそろしい武器。伝説の騎士・獅子心王リチャードさんはこれで亡くなりました。現在では狩猟用、スポーツ用としてのみ存在。
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