試歩の女
ブルマに言われるまで、気がつかなかった。
「んー、今日から12月なだけあって、街もだいぶんクリスマスっぽくなってきたわね〜」
いや、ピンとこなかったと言うべきかな。今日が何日なのか知らないはずはないし、それら街の変化に気づかないわけもないんだから。
「ほら見て、ヤムチャ。あんなところにサンタクロースがいるわ」
通りすがりの建物の窓に等身大のサンタクロース。いかにも窓から忍び込もうとしているように飾りつけられている。
「気の利いたことやるわね、このホテル。いいなー。あたしもいつかこういうところでロマンティックなクリスマスの夜を過ごしたいわ〜」
うっとりしたようにそう言うブルマに少しドキッとさせられながら、俺は放課後の街を歩いた。
木立を飾るイルミネーション、通り沿いの店先に飾られたクリスマスのディスプレイ。
ブルマの言う通り、だいぶんクリスマスっぽくなってきた街を。


「ただいまー。…あっ、クリスマスツリー出してんの!?」
「あら、おかえりなさい、二人とも。ええそうよ、もう12月なんだもの、クリスマスのご用意しなくっちゃ。ねえプーアルちゃん、てっぺんのお星さまつけてきてくれる?ママ、脚立って怖いから乗りたくないのよ〜」
「あたしもやる!っていうか、あたしのいない時にやらないでよね!」
C.Cに帰り着くと、そこでもクリスマスの飾りつけが行われていた。ポーチを潜ったすぐのところ、エントランスホールの一角に、3mはあろうかと思われる生木のクリスマスツリーが置かれていた。
「まあ、そうお?でも、ここはこの星をつけたら終わりなのよ〜。だからブルマちゃんたちには、リビングの方のツリーをお願いするわ〜」
「えぇ〜!?ずっるーい!リビングのって小さいやつでしょ?このエントランスに出す大きいクリスマスツリーの飾りつけするの、あたし楽しみにしてたのに。いつもはあたしにやらせるくせに、どうして今年に限って勝手にやるのよ!?」
「だってママ、急にやりたくなっちゃったんだもの。それにブルマちゃん、いつも言ってるじゃない。このツリーは大きくって大変だから嫌だって。プーアルちゃんとウーロンちゃんも手伝ってくれるって言うし〜」
「今年は違うの!今年はやりたかったの!!いつもはあたしだけだから大変だったけど、今年はそうじゃないんだから――」
…かわいい母娘喧嘩だな。
俺はそう思いながら、完成間近の大きなツリーと、ツリーの足元にいる小柄な女性たちを見比べた。
ママさんは普段からこういうことを言ってるけど、今日はブルマがまたずいぶんとかわいい駄々を捏ねている。なんか子どもみたいだ。少なくとも、さっきホテルの窓を見上げてあんなことを言っていたブルマよりはこういうブルマの方が、俺の手には負えるような気がする。
俺が思わず含み笑いした時、星をつけ終えたプーアルが、ツリーの上から降りてきた。
「はい、星、つけました。ヤムチャ様、リビングのツリーの飾りつけ、ヤムチャ様も一緒にやりませんか?楽しいですよ」
「そうだな、やるかな。いい息抜きになりそうだしな」
その身と言葉の両方を俺が受け止めると、ブルマの文句の矛先が拡大した。
「ちょっとぉ!あんたたちみんなして、どうしてそこまで無神経になれるわけ!?」
「無神経って、何が?」
「…知らない!!」
そこで俺が訊き返すと、ブルマはそっぽを向いてしまった。そして、そのままどかどかとうちの中へ入って行ってしまった。
「なんだ、あいつ。一人で勝手に怒りやがって」
直後にツリーの下からのそのそと姿を現したウーロンが、俺の気持ちを代弁した。


「こんな小さなツリーの飾りつけなんかに四人もいらないのに…」
とはいえ、ブルマはすっかり腹を立ててしまったというわけではなく、数十分の後には俺たちと一緒にリビングでツリーの飾りつけをしていた。
「おまえ、さっきと言ってること違うじゃねえか。さっきはみんなでやる方がいいって言ってたろ」
「誰がそんなこと言ったのよ?あたしは一人でやるのが嫌って言ったの!」
「だから、こうしてみんなでやってるんだろ。おまえ、わがまま通り越してわけわかんねえぞ。それともただのヒステリーか?」
「うるっさいわね!」
だが、少なからずつむじは曲がっていた。ウーロンと煽り煽られ仲悪く共同作業をするその向かい側で、俺はしかし仲裁などをする気にはちょっとなれずに、自分なりの感慨を噛み締めていた。
「クリスマスか…プーアル、おまえ、やったことあるか?」
「はい。南部変身幼稚園にいた時、幼稚園のみんなでクリスマス会をやりました」
「いや、そういうのじゃなくてだな」
「家族でやったこともありますよ。ヤムチャ様はないんですか?」
「俺は…ないな」
さして記憶を探らずに、俺は答えた。俺はプーアルよりも荒野にいた時間がずっと長いから。記憶のない幼少の頃のことはいざ知らず、記憶にある限り、クリスマスの思い出はない。
それを淋しいなどと思っていたわけでは、俺はなかった。ただ、初めてのことに対する新鮮さを感じていただけだ。新鮮さ半分、ピンとこない気持ち半分っていうかな…
そして、そのピンとこないところをブルマに急き立てられるというわけだ。
「はい、ヤムチャ。これ、てっぺんにつけて。あんたが一番背が高いんだから」
「ん?ああ…」
別にブルマでも届くと思うけど。プーアルだって、飛べばつけられるし。
そういうことを思いながらも口には出さずに、俺はブルマに手渡された星をつけた。
ブルマに口答えするのは怖いとか、そういう理由からではなしに。俺はなおも、自分なりの感慨を味わっていた。
この、女の子に急き立てられている状況自体が、何より新鮮なのだ。




女の子って、言うことがころころ変わる。
態度の切り替えが早いっていうかな。会話が、こう、唐突に飛ぶよな。
「あっ、ここのディスプレイもクリスマスのになったわ。ほら見て見て、パンでできたツリーよ!」
12月になってからというもの、ブルマはハイスクールからの帰り道、そんなことばかり言っていた。クリスマスがやってくるのをすごく楽しみにしてるのが伝わってくる。でも、それでいて、急にこんなことを言ったりするのだ。
「ところで、ねえ、ヤムチャ。あたしのあげた期末テストの山かけノートの内容、覚えた?」
その時はちょうど通りすがりのスタンドで温かい物を買った直後で、俺は口に含んだコーヒーで咽せ返りそうになりながらも、なんとか言葉を濁した。
「うーん、そうだな…半分くらいは」
はっきり言って、ノートの存在そのものを忘れていたからだ。俺は学生と武道家の二足の草鞋を履いていることになっているが、実際にはハイスクールに関しては、その日出た課題のことくらいは頭に置いてあるものの、先のことはほとんど考えずにこなしているのだ。殊に試験などは、謂わばまあその場凌ぎというやつでやらせていただいている。
「半分じゃダメよ。せめて七割は覚えなくちゃ。赤点取って補習なんてことになったらあたしの彼氏として恥ずかしいし、だいいちそうなったら冬休みほとんど潰されちゃうんだからね」
「わかってるさ。俺だって、補習なんかにトレーニングを邪魔されたくはないからな」
ま、俺は、ブルマなんかに言わせるとそうなんだろうが、一般的な目線で見ると、それほどバカな部類じゃないんだよ。はっはっは。
「本当にちゃんと覚えてよ。あと二日しかないんだからね」
といって、ここで『心配性だなあ』とは言ってやれないところが、俺の弱みだった。
だって、ブルマのくれる山かけノートって、ほとんどカンペみたいなもんだからさ。中間試験の時の的中率の高かったことと言ったら。さらに、ブルマ自身はそのノートを使わないんだから、頭が上がるはずもない。
ともかくも、この時のブルマの言葉は、俺の学生という立場に対する義理を喚起した。
っていうか、あと二日しかなかったのか。
七割も覚えられるかな…?


とはいえ、俺がそう思っていたのは、C.Cに帰り着くまでだった。
C.Cのゲートを潜り、自室に赴き、武着に着替えた後には、気持ちはすっかりトレーニングへと向いていた。最近ハイスクールに慣れてきたせいか、こう、さっくりと気分を切り替えることができるようになったんだ。もちろん、ハイスクールの疲れは持ち込まない。そもそも、そんなものはない。俺ってつくづく、武道家体質だよな。
C.Cへの帰りすがりにブルマに付き合わされることはあっても、帰って後に付き合わされることはまずない。俺は武道家の自分に切り替えている間は、飯の時間と風呂に入る時以外のほとんどを、トレーニングに費やすことができた。
――充実してるって、こういうことを言うのかもしれない。
ここのところ俺は、そんなことをも感じていた。冬の空気の冷たさからか、自ずと気が引き締まるのも心地いい。ここしばらくはブルマと喧嘩もしてないから、心煩わされることもない。
思いっきり体を動かし、思いっきり技を振るい、思いっきり力を尽くして、一日を終える。ひと風呂浴びて汗を流した後には、心地よい疲労感が体に満ちている。あとはもうベッドに潜り込むだけ…
「あ…テスト」
…ではなかったことを、俺は土壇場で思い出した。その時、灯りも人気もないリビングで喉を潤すためミネラルウォーターのボトルを手にしていた俺は、ちょっと頭を掻いてから部屋の灯りを点け、もう少しの間目を覚ましているために、コーヒーを一杯作ることとなった。
さすがに、明日一度読んだだけで覚えられるはずはないからな。そんなことができるのはブルマだけだ。
やれやれ、こんな夜遅くから試験勉強か。まるで勤勉学生だな…
俺はそんなことを思いながら、コーヒーの入ったマグカップ片手に自室に赴き、ブルマに貰ったノートを捲った。
…七割、だったよな。




「あー、終わったー!」
「よーし、帰って寝るぞ〜」
「オレも!二日分寝まくってやる!」
二日後、期末テストの日。そんな言葉と共に次々と姿を消していくクラスメートを、俺は苦笑しながら見送った。
一夜漬けをした連中のほとんどご同類でありながら、俺はやつらの言葉には同意できなかった。
なぜなら、俺は充分に寝ていたからだ。寝てしまったからだ。…いつの間にか寝ちゃってたんだよな。ベッドの中でやってたのが失敗だった。ノート読むだけだからそれでいいと思ったんだが――
「はい、ヤムチャ。ペン、サンキュー。で、テストはどうだった?ちゃんとできた?」
やがてブルマがやってきて、俺のカバンにペンを一本突っ込んだ。完全なる手ぶらで登校して、人から借りたペンでテストを受けたりするやつに、『おまえはどうだった?』などと訊き返すつもりは、俺にはなかった。
「うーん、そうだな。半…七割くらいは」
「何それ?中途半端ね〜」
かつて自分の言ったことをころりと忘れてしまっているブルマに突っ込む気も、俺にはなかった。俺は俺で、完全にブルマに誠実、というわけではなかったからだ。
あのノート、全部読まなかったんだよな。初めから七割に絞って読み込んだんだ。で、読んだうちの七割くらいは覚えてたし試験にも出た。だから俺が答えを書けたのは、七割の七割。つまり半分くらいだ。ギリギリだよな…
「ま、でも本当にそれだけできたんなら、クリスマスパーティは潰されずに済むわね」
「クリスマスパーティか…」
ともかくも、テストについてはこれで終わり。いや、本当はまだ終わっていないのだが、ブルマの中では完全に過去のことになったらしく、それと微妙に繋がりのある別の話題に移っていった。
「なーに?あんたまさか、クリスマスパーティまでバックレるつもりじゃないでしょうね?」
「え?そんなつもりはないけど」
っていうか、『まで』って何だ。俺、何かバックレたか?別に約束とかもしてないし…あ、ノートちゃんと読まなかったのバレたのか?
「それならいいけど。クリスマスパーティくらいは、ちゃんと付き合いなさいよ」
『くらいは』って何だろう…
どうもブルマは、俺の何かに引っ掛かりを感じているか、不満を感じてるみたいだな。と言っても、俺はここのところ何もしてないし、となるとやっぱりクリスマスのことかな…
この時になって、俺は初めてクリスマスというものを、自分の身に起こるリアルなものとして、考えるようになったのだった。




クリスマス――
クリスマスツリー、サンタクロース、靴下にプレゼント。
こんなもんかな?
あ、あと、樅の木、柊、リースにトナカイ――


羊を数えるかのごとく指折り考えてみた翌日、クリスマスイブがやってきた。
客観的な事実としては冬休みに入って三日目で(ちなみに、冬休みは補習に潰されずに済んだ。ほぼ読み通りの点数が取れたから。ほら見ろ、俺はやっぱりバカじゃないんだ。と、堂々と言ってやれないところが弱みだけど。言ったらちゃんとノート読まなかったことバレちまうからな)、ことにブルマやウーロンなんかの間には休み気分が蔓延してきたところだった。
俺はと言うと、徐々に調子を上げていた。やっぱり一日中トレーニングしていられるっていうのはいい。別にハイスクールが嫌いってわけじゃないけど、いちいち中断されない方がそりゃ気は乗るさ。気分を切り替える必要もなく、好調好調。
「メリークリスマス、ヤムチャちゃん。毎朝トレーニングご苦労さま。お外は寒かったでしょ。熱いコーヒーが入ってるわよ〜」
「ありがとうございます、さっそくいただきます。ところでブルマはまだ起きていないんですか?」
「ええ。ブルマちゃんってば長いお休みになると、いつも時間が不規則になるから…」
「あいつ、日に日に寝坊になってるよな。クリスマスだってのに、だらしないやつだぜ」
だがそれも、この日この時までだった。ママさんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら俺は考えた。
…起きてこないのは困るな。ブルマがそれでいいって言うんならいいのかもしれないけど…いや、でも、やっぱり…
「…いいでしょ、どうせパーティは夕方からなんだから」
その時、不機嫌そうな声がして、話題の人物が現れた。明らかに寝起き直後のブルマは、パジャマの裾を邪魔くさそうに引いて、それはだるそうに朝食のテーブルについた。
「ふわぁあぁ…冬の朝って、どうしてこう体がだるいのかしら。ねえ、コーヒーちょうだい。うんと濃いやつ」
「今ちょうど淹れたところよ。新しくできたコーヒー専門店で買ったんだけど、浅煎りでとってもすてきな香りよ〜」
「浅煎り?まーたヤムチャの好みに合わせたのね。まったく、実の娘を蔑ろにするのもいい加減にしてほしいわ」
…起きるには起きてきたが、切り出しにくい雰囲気だな…
そういうことに関してはめっきり調子の出ない俺は、テンション低くやる気もなさそうなブルマの態度に少なからず怯んで、黙ってコーヒーを飲み下した。


『クリスマス』ときたら――
クリスマスツリー、クリスマスソング、クリスマスケーキにクリスマスプレゼント…


「オハヨウゴザイマス。今朝届イタ分ノクリスマスカードトギフトヲオ持チシマシタ」
…あ、クリスマスカードを忘れていた。
やがて何もせぬままに朝食を終えた頃、メイドロボットがダンボール箱を二つ運んできて、俺の内心の独り言を中断させた。
「はーい、ご苦労さま。リビングテーブルの上に置いておいてね〜」
「今年はずいぶん多いわね。朝の分だけで、もうそんなにあるなんて。父さん、今何かやってるの?大がかりなプロジェクトとか」
「さあねえ。そんな話は聞いてないがなあ」
「コチラノ箱ガC.C宛テノモノデ、コチラガ個人名宛テノカードトギフトデス」
「えっ、個人宛てのがそんなにあるの?」
こうして朝食の席を囲み終えた俺たちは、次にはリビングで山盛りのクリスマスカードを囲むこととなった。慣れた手つきでカードを物色し始めたブルマに、なんとなくそれを見ているウーロンとプーアル。俺はというと、これはいいきっかけだと思っていた。
クリスマスのC.Cのいつもの風景であるらしい、この状況。そこに俺もちょっと混ぜてもらえばいい。ついでという感じでさりげなく水を向けてみればいい…
「すげえ数だな。クリスマスカードなんて、女しか書かないもんだと思ってたのによ。まるで都中からきてるみたいじゃねえか」
「ほとんど会社関係よ。ダイレクトメールみたいなものね。…のはずなんだけど…」
さて、何と言おうかな。
『俺からも一つ贈らせてもらうよ』…みんなの前で臭過ぎるか。それじゃ軽く、『プレゼント買いに行こうぜ』…いや、これじゃ軽過ぎるな。『どうにか補習受けずに済んだから、そのお礼』…それは一緒にすべきじゃないよな…
俺はいろいろ考えた。それだけの時間があったからだ。ソファに寝そべり膨れた腹を擦りながら横目で注視するウーロンと、感心したように箱を覗き込んでいるプーアルをよそに、ブルマはゆっくりと箱の中のカードに目を通していった。だがやがて何枚かを束ねると、いきなり大きな音を立てて、テーブルの上に叩きつけた。
「なんだよ。どうしたんだよ」
ウーロンが怪訝そうに体を起こした。引き絞るような声がブルマの口から漏れた。
「…ヤムチャ宛てよ」
「え?」
俺は思わず目を丸くした。そこに、一転して放出された怒号が被さった。
「これも、これも、こっちもぜーんぶ!ちょっとヤムチャ!どういうことよ、これは!!なぁんで、あんたにこんなにたくさん女からクリスマスカードがきてんのよ!?」
「えっ…い、いや、どういうことって言われても…」
俺は心の底から怯んだ。そこへ、他の面々からのフォローならぬ声が飛んできた。
「ま、いつものことだよな。ラブレターじゃなくただのクリスマスカードなんだし、いいじゃねえか」
「ほほう、それ全部女の子からのクリスマスカードなのかね。いやはやすごいもんだねえ」
「まあ、ヤムチャちゃんってばモテモテね〜」
「わあ、ヤムチャ様、このマフラー手編みですよ」
「そりゃ気合い入ってんな〜。このぶんじゃ、バレンタインも期待できそうだぜ」
みなさんやめてください…………
囃し立てているのかなんなのか、妙に楽しげな反応を見せる面々。一方、一人氷点下のブルマ。そのギャップのある雰囲気にすっかりいたたまれなくなった俺の頭からは、誘うための言葉などすべて消え失せていた。あるのは、ただ弁解の言葉だけだった。
「あ、あの〜ブルマ、ウーロンの言う通り、これただのクリスマスカードだから…みんななんとなくくれたんだよ、きっと。大した意味もなくさ」
「カードだけじゃなく、プレゼントもあるけどな」
「ウ、ウーロン!…い、いや、でもそれは…」
おまえは一体俺の味方なのか、そうじゃないのか。時々感じる不毛な疑問を飲み込んでなおも食い下がった俺に、ブルマは視線も寄こさずに言い放った。
「ヤムチャ、着替えて!出かけるわよ!!」
「えっ、ど、どこに?」
俺は完全に不意を衝かれて、思わずそんな反応をしてしまった。さらにブルマの口から、聞いたことのない単語が飛び出した。
「どこだっていいわよ!クリスマスデートするわよ!!」
「クリスマスデート?でもあの、クリスマスパーティは?」
「もちろんやるわよ。だから今すぐ行くのよ!」
えええ…………!?
はっきり言って、俺はものすごく混乱した。…どうしていきなりそうなるのかわからない。怒ってどこかへ行ってしまわないのはありがたいけど。まあ、それだけクリスマスを楽しみにしてるってことなんだろうが…でもデートしたいだなんて、まったく言ってなかったのに…
「クリスマスデートとは洒落てるのう。母さん、わしらもするかね?」
「まっ、素敵。でも、夜はみんなで一緒にクリスマスパーティするんだから、それまでのお時間よ。二人もパーティまでには帰ってきてね〜」
「あの、ブルマさん、どうか穏便にお願いしますね」
「お達者で〜」
とはいえ、その言葉に逆らうことは俺はできずに、囃し立てられてるんだかよくわからない空気の中、半ばブルマに引っ立てられるようにして、リビングを後にした。


俺は武着から洋服へ、ブルマはパジャマから洋服へ。俺たちはそれぞれ着替えた後に合流し、当てもないまま外へ出た。
「で…えーと、あの、どちらへ…?」
初めて耳にする『クリスマスデート』とやらを決行せんとするブルマの意向は、しかしいつもとあまり変わらなかった。
「そうね。ショッピングエリアへ行こうかしら」
ショッピング、映画、遊園地。それが、これまでにブルマとしたデートの大別だ。中でも、俺の服を買い足しに行くことも考え合わせると、ショッピングの回数が一番多い。
だが、今日のショッピングはいつものショッピングとは、少し違っていた。
「ヤムチャあんた、さっきのこと悪いと思ってる?」
「え…あ、ああ、うんうん、そりゃもちろん…」
「そう。じゃあ、態度で示して。あたしにプレゼントちょうだい」
「えっ…」
「クリスマスプレゼントよ。彼氏ならくれるのが当然でしょ?」
いや、大いに違った。ブルマのこの居丈高な申し出に俺はすっかり面食らい、理想と現実のギャップを噛み締めた。
…クリスマスプレゼントって、こんな風にあげるものだったのか…
まあ、俺もどう切り出そうか迷ってたから、助かったけど。そう、どうにも切り出すタイミングが掴めなくて、延々連想ゲームなんかしてたくらいだから、この流れはむしろ歓迎するところなのだが…
とはいえ、だ。俺が言うのもなんだけど、色気のない切り出し方だ。ブルマもたいしてそういうことするのうまくないな。
心の中で苦笑しながら、俺はブルマに従った。いつもと同じように、だがいつもとはだいぶん違う街を歩いた。
街角のイルミネーション。どこからか流れてくるジングルベル。行き交う人々の間に見え隠れする、サンタクロースの扮装をしたビラ配り。ツリーに見立てた街路樹。クリスマスカラーに溢れたショーウィンドウ。
最後の要素を眺めながら先を行くブルマの後ろ姿も、いつもと違って見えた。いや、実際、違っていた。ショーウィンドウを覗き込む背中が常ならぬ気合いに燃えていた。あまりにも真剣に吟味してる姿が、かわいいというか怖いというか…
「ヤムチャ、あんたも考えてよ。プレゼント何がいいか!」
そのうちに、気合いの余波がこちらにもやってきた。しおらしく言えばきっとかわいいに違いないことを、ブルマはなぜか怒ったような口調で言うのだった。
「俺が?でも、ブルマのプレゼントなんだろ?」
「そうよ。あたしへのクリスマスプレゼントよ!何かクリスマスっぽいものがいいわ。クリスマスっぽくってかわいいもの!」
「漠然としてるなあ。だけど珍しいな、ブルマがそんなはっきりしないことを言うなんて」
俺はちょっと呆れながらも、ある意味非常にすっきりした気分で、ブルマのその態度を受け止めた。かわいいことを荒っぽい口調で言うブルマの態度の理由が、わかっていた。
いいものがなかなか見つからないから、空回りして熱が溜まってるんだろ。いやはや、大変なことで。
やっぱり、クリスマスプレゼントって必要なものだったんだな。こんなに気合い入ってるんだもんな…
「それじゃ、デパート行かないか?そういうことなら、デパートの方が見つかりそうだろ」
「そう…かしらね」
「一口にクリスマスの小物と言ってもいろいろあるだろ。どんなのがいいんだ?」
「え?どんなのって…えーっと…」
一応は前もって気づけていた俺には、少しだけ余裕があった。少なくとも、ブルマの態度を受け止める程度の余裕は。そして、その余裕が現在の状況にさらなる余裕をもたらしているということにも、ちゃんと気づいていた。
本当に、前もって気づけててよかった。もし気づけてなかったら、きっともっとうっかりしたことを言って怒らせてしまっていたに違いないからな…


やがて着いたデパートは、大盛況だった。
「うわあ、混んでるなあ」
「そりゃ、クリスマスだからね」
至るところに人、人、人。それも、ほとんどがカップルだ。クリスマスなんて言ったって、もう子どもじゃないんだから――実のところ、俺にはそう思っていたきらいがあるが、子どもじゃなければそれはそれで過ごし方があるんだな。なるほどそれで『クリスマスデート』なのか。ふーん…
手に手を取って笑いながら、クリスマスグッズを見る男女。そう、デパートにはブルマ言うところの『クリスマスっぽくってかわいいもの』が溢れていた。これ以上ないってほどクリスマスらしい、クリスマスショップなんてものもあった。
「で、どこ見る?」
「そうね、とりあえず一階から順番に全部」
「本当に何も決めてないんだな」
「だから、そう言ってるでしょ」
ブルマはそれを片っ端から見ていった。ビーズで作られた宝石のようなクリスマスリース。サンタクロースの形をした陶器製のキャンドルスタンド。砂糖菓子を繋げたようなオーナメント。
それは俺にとっても楽しいウィンドウショッピングだった。男一人では到底入らないような店に入り込んでいる気恥ずかしさは周囲のご同類の存在によって薄められ、感慨だけを素直に感じることができた。
…縁なかったよなあ、こういうの。
カルチャーショックと言うほどのことはないが。でも、縁はなかった。こういうクリスマスの小物なんかにはとんと縁がなかったし、それを女の子に贈るなんてことには、もっと縁がなかった。
かぼちゃの馬車の小物入れ。ウォーターボールに入ったスノーマンのオルゴール。…かわいいじゃないか。
すっかり心浮き立ってきた俺は、調子に乗ってもう一歩踏み込んでみることにした。
俺も一緒に選んでみるのだ。さっきブルマもそうしろって言ってたしな。『クリスマスっぽくってかわいいもの』…そういうことなら、俺にも考えられそうだ。
重ねると雪だるまのようになるペアマグカップ。…かわいいけど、自分からこれを勧めるのは図々しいな。みんなの前で使うのも気恥ずかしいし。
それじゃ部屋に置くものってことで、ソーラーパワーで動くシルバーの遊園地のランプ。…この色合い、ブルマの部屋では、メカに埋もれそうだな。
じゃあこの、サンタの服を着たクマのぬいぐるみ。…似合わないな。大変失礼なことながら、ものすごく似合わない。ブルマの部屋にそういうものってないしなあ…
…うーん。意外と難しいもんだなあ。女の子のプレゼント選んだことなんてないもんな。というより、ブルマだから難しいんだよな、きっと。わかるようでわからないもんな、趣味が。
『かわいいもの』なんて言うけど、かわいいものに囲まれてるところなんて、見たことないし。かと言って、ボーイッシュってわけじゃないし。そう、確かにかわいいんだよ、外見は。そういうのが全然似合わないってわけじゃないんだ。でもそれ以上にさっぱりしてるっていうか…そもそも、ブルマの趣味ってメカ弄りだよな?そのせいか、身なりも身の回りの物も、こざっぱりとした動きやすそうなものでまとめている。これは俺じゃなくとも、思いつけないよな…
もうこれはギブアップだな。やがて雑貨と服飾品のフロアを見終わり、服のフロアへとやってきたところで、俺は思った。服はもっと見立てられないからな。今言った理由もあって。故に再び一歩を引こうとしたその時、ブルマが後ろから俺の袖を引いた。
「ねえ、ヤムチャ、これ買って!」
そして次の瞬間には振り向いた俺の懐に入り込んで、そう叫んだ。その視線の先には、あるショップのショーウィンドウがあった。
「え…ドレス?」
俺はかなり意外を衝かれた。ショーウィンドウの中には、ドレスを着たマネキンがいた。ふんわりしたピンクのミニスカートに、大きな黒いリボンで絞られたウエスト。…なるほど、かわいいな。胸元なんかはいつものブルマの感じだし、似合いそうではある。問題は、ブルマがこれを着るのなら、俺もかなり気張らねばならんということだが…
「違う!ドレスじゃなくて、このリボンのついたシュシュよ!」
「シュシュって何だ?」
「これ、この、マネキンの髪についてる髪留め!」
「ああ、なるほど、髪飾りか」
「このマネキンはてっぺんだけど、あたしは横につけるの。かわいいでしょ?」
「ああ、うん…」
なるほど、髪飾りね。それは盲点だった。
ブルマはいつもさっぱりした格好をしてるし、アクセサリーなんかもつけてないけど、髪にはたいてい何かつけてる。リボンとか、ボンボンとか。ブルマが決してボーイッシュにはなりきらない理由の一つだ。二つ目は、スタイルの良さだな。
「それじゃ、さっそく店に入りましょ!」
そして、まさにその二つ目の要素を感じさせるように俺の腕をその胸元へ引っ張ると、ブルマは意気揚々とショップへ入っていった。


ショップのカウンターで、俺は女性二人から攻勢を受けた。
「この二色使いのダブルリボンのシュシュですね。こちらは『bacca』のヘアアクセサリーです。まだ扱い始めたばかりのブランドですが、なかなか人気あるんですよ。このリボンの部分にはワイヤーが入っていて形も崩れません。色違いでブルーもあったのですが、そちらはすでに完売しておりまして、こちらのピンクが最後の一点となっております」
「かわいい〜。ねっ、かわいいわよね、ヤムチャ!」
「あ、うん…」
「パーティにぴったりだと思わない?」
にこやかに水を向けてくる店員と、にこやかに俺の返事を引き出そうとするブルマ。その似たようなスタンスの二人に、だが俺は前者にはクリスマス商魂を感じ、後者にはクリスマスっぽさを感じたのだった。
「いいよ。それにしよう。気に入ったんだろ?」
「わーい!サンキュー、ヤムチャ!」
クリスマスだからというより、プレゼントだからだよな。ブルマのやつ、ほとんど押し切らんばかりなのに、一応は俺に決定権を持たせようとしてるみたいなんだ。おかしいと言うか何と言うか……かわいいとこあるじゃないか。
「それではお包みしますね。専用ケースがございますけど、何色にしますか?ベージュ、ピンク、ブルー、ライラックの四色ですが」
「ピンク!」
そんな建前を見せておきながら、まるで子どものように声を上げるブルマの様子に、俺はさらなる笑いを誘われた。同時にこのプレゼント探しの結果にも、笑いを誘われていた。
『クリスマスっぽくってかわいい』なんて漠然としてると思ったけど、本当に漠然としてたみたいだ。確かにこの髪飾りかわいいけどさ、クリスマスっぽいかっていうと、そうでもないもんな。普段使いではなさそうだけど。派手だし。ブルマの普段の格好からすると特に、ちょっと特別な時につけるような感じっていうか…
でもなんか、そういうものを選んだっていうのが、嬉しい気分なんだ。そのいつもとは違う感じがくすぐったいというか…不思議だよな。
クリスマス気分か…
この時になって、俺はようやくわかったのだった。ブルマの言う『クリスマスっぽい』という言葉の意味が。それは、サンタクロースとかクリスマスツリーをモチーフにしてるってことじゃなくて、きっとクリスマス気分に浸れるものってことなんだ。それも、子どもや家族にとってのクリスマスとは違うクリスマス気分。だからブルマはこんなに女の子っぽいものを選んだんじゃないかな。
本当に、女の子っぽいよな。俺なんかはすっかり見過ごしていた女の子っぽさだ。すぐに目につくドレスでもアクセサリーでもなく髪飾りってところが、なんかこう密やかでかわいい。おまけに、俺もこういうの女の子に強請られるようになったんだなあっていう気持ちもくすぐられる。
これもクリスマス気分と言うのだろうか。いつもより強いデート気分に襲われて、俺は思った。結局、一緒に選ぶことはできなかったわけだけど、少しはそういうことしてみたいな、と。嬉しくなってつい調子に乗ってしまったというか、まあそんな感じで、ちょっと一歩踏み出してみたわけだ。
「あ、えーと…、そのケースはケースでいいけど、髪飾りは入れないでもらえますか」
「え?では、お包みしなくてよろしいんですか?」
「はい。つけていきます。ここで」
「どうしたの?ヤムチャ」
またもや女性二人が同じような態度で俺を見た。俺は店員には代金を、ブルマにはそのきょとんとした表情を崩すべく言葉を差し出した。
「これ、パーティの時つけるんだろ?」
「そうだけど…」
「だったら、もうここでつけたっていいじゃないか。帰ったらすぐパーティなんだからさ。俺、つけてやるよ」
「えっ…」
それほど恥ずかしいとは思わなかった。階下のフロアよりは少ないが、周囲にはご同類がいっぱいいる。髪飾りをつけてやることくらい、手を繋いだり腕を組んだりすることに比べれば、何てことないはずだ。
でも、ブルマはそうは思わなかったようだった。そう、目論見に反してブルマの表情は崩れなかったが、俺は構わなかった。小さく漏れたブルマの声を耳の端に入れながら、俺は現実を受け止めた。カウンターに置かれた髪飾りに手を伸ばした俺を止めるだけの時間は充分あったはずだが、ブルマはそうしなかった。まるで固まったかのように微動だにせず、俺がさらにブルマの括った髪に手を伸ばすのを、きょとんとした表情のままで見ていた。その様子をちょっとかわいいと思ったのは俺の贔屓目かもしれない。だが、その後の態度については…
「…ありがと」
「どういたしまして」
やがて、少々苦労して髪飾りをつけた俺に、ブルマが小さく呟いた。それきりなんとなく会話が途絶えたところへ、店員が小さなショッピングバッグを寄越した。
「お待たせ致しました。こちら専用ケースでございます」
「どうも」
ブルマが何も言わなかったので、俺が一言と共にそれを受け取った。それから、やっぱり何も言わないブルマを横に、ショップを出た。さりげなく片手で、熱くなり始めた顔の下半分を隠しながら。
…いやぁ、やっぱり恥ずかしいな。
ブルマがそんなに顔を真っ赤にしなければ、もう少し平気でいられたのかもしれないが。
なんて、ずるい言いわけかな…


「…さてと、これからどうする?まだ時間あるけど」
「えっ、あっ、そうね…じゃあ、とりあえず映画でも…あ、その前にお昼ご飯かしら…」
俺たちはその後、ブルマのしどろもどろの提言に従って、デートを続けた。
しどろもどろについては、言わずもがなのことだ。そして、そんなことを言った理由もわかっていた。ショッピングに映画…時間があったら、きっと遊園地も行きたがったに違いない。『クリスマスデート』はスペシャルデートってところだな。
それから、C.Cに帰った。宣言されていたクリスマスパーティの開始時間に。だが、主催者であるブリーフ博士夫妻が揃っておらず(これまた宣言通りデートに行ったものと思われる)、ウーロンは昼寝をしているらしく見当たらず、そのうちブルマも着替えるとかで部屋に引っ込んでしまった。それで俺は、時間潰しと運動を兼ねて、外庭へ出た。
「うーーーん…」
軽く深呼吸すると、冬の冷たい空気が体に入り込んできた。それは火照った心にちょうどいい清涼剤だった。
なんかすっごく爽やかな気分だ。まるで何かをやり遂げたようだ。いや、『ようだ』じゃなく、やり遂げたよな。俺はブルマにクリスマスプレゼントをあげたんだ。女の子に、髪飾りなんかをあげたんだぞ。それから、それをつけてもやった。まったく、我ながらよくやった。その証拠に、ブルマも照れてた。礼を言う顔が、思いっきり照れ臭がってた。はっきり言って、すごくかわいかった。そんな顔見せてくれるなら、何だってやるよ。そう思った。
「ヤムチャ様、何かいいことあったんですか?」
「えっ?…どうしてそう思うんだ?」
「だって、なんだか嬉しそうに見えたから」
「ああ…うん、ちょっとな…」
…うーむ、いかんな。プーアルにまで見透かされてしまっている。ちょっと緩み過ぎているようだ。ウーロンが昼寝しててよかった。起きてたら、きっとからかわれて大変だったぞ…
自戒と共に安堵しながら、軽く体を解した。心の熱を逃がすための運動は、やがて体の熱を生み出した。今度はそれを逃がすためシャツの袖を捲ったちょうどその時、少し遠くからストップの声が飛んできた。
「ヤムチャ、プーアル。もうすぐパーティ始めるわよ」
「はい、ブルマさん」
「すぐ行くよ」
プーアルと俺の返事は決して小さくはなかったはずだが、外庭に入り込みかけていたブルマは、そのままこちらへやってきた。それで俺は完全に手を止めて、ブルマを見た。
C.Cの中で改めて見てみると、やっぱり特別感のある髪飾り。と、さっきまでは穿いてなかったピンクのミニスカート。なんか、あのショーウィンドウで見た格好に似てるな。でも、こっちの方がカジュアルで、俺には無理なく受け入れられる。
「プーアル、母さんがパーティの準備手伝ってほしいって言ってたわよ」
「はい、わかりました」
ブルマの声は淡々としていて、露骨なところは微塵もなかった。でも、目線でわかった。人払いをしたということが。
「あの〜、まだ何か…?」
うーん、あと何があるだろう。クリスマスプレゼント…クリスマスデート……クリスマスの告白とか、ク…クリスマスキスとか?
わからないが故に、俺の妄想は高まった。わからずとも、クリスマスはカップルのイベントだということだけは、充分にわからされていたのだ。
ブルマはくすりと小さく笑うと、軽く身を屈めて、上目遣いで両手に持った小さな細長い包みを差し出した。それからちょっともったいぶったように言った。
「うん、あのね、これあげる。あたしからのクリスマスプレゼントよ」
「えっ、俺に?」
だが、それもまた、俺の意表を衝く言葉だった。だってさ、こんな言い方したら失礼なのかもしれないけど、ブルマから俺に何かしてくれるなんて、思ってもいなかったんだ。俺は今日になるまで、女の子にクリスマスプレゼントを貰ったことだってなかったし。
「たいしたものじゃないけどね。偶然だけど、あんたがあたしにくれたものと似てるわよ」
その謙遜の言葉を、ブルマはちょっと偉ぶって言っていたが、嫌みには聞こえなかった。俺はただ、その言葉の意味を正確に理解しただけだった――ってことは…前もって用意してたってことだよな。
「ありがとう。でも、一体いつ用意したんだ?ここんとこ、放課後はいつも一緒だったのに」
「さあね〜。さっ、開けてみて!」
「ああ、うん」
嬉しさと悔しさの入り混じった微妙な気持ちに、俺はなった。やられたというか、敵わないなあというか…そもそも俺は、ブルマに急かされてプレゼントを買いに行ったんだった。思わずそう考え直してしまう、謙虚な姿勢になった。
「ん?これは…リボン?」
「リボンじゃなくて、ヘッドバンドよ。あんた時々つけてるでしょ、体育の時なんかに。あれ、結構似合ってるから…あ、でもこれは体育用じゃなくて、武道会用よ!」
そこへ、その物が現れた。きれいに束ねられた、真っ赤な長いヘッドバンド。その物と、その物に添えられたブルマの言葉に、俺はつくづく感心した。
ブルマのプレゼントの、さりげないこと。それでいて、どことなく漂う特別感。武道会の話なんて、俺ほとんどしてないのに。ブルマだって、別段何も言ってなかったのに。もっとも、今だってそうは言ってなかったけど――でも、ちゃんと聞こえた。『がんばって』って…
「ありがとう、ブルマ。よし、これで天下一武道会はきっと優勝してみせるぞ」
クリスマスプレゼントの嬉しさと、まだ来ぬその時へのエールへの感謝。俺の心は二重の嬉しさで満たされた。そこにもう一つ、ある意味一番意外だった要素が加わった。
「そうこなくっちゃね。赤は勝利の色なのよ。他には、情熱、エネルギー、粘り強さ、積極性、力…」
「え、それって…ひょっとして、占い!?」
何やら得意気に羅列していくブルマの言葉を、俺は黙って聞いておけばよかったのだと思う。だが、俺は思わず突っ込んでしまった。
「何よ、その顔。あんた、占い嫌いなの?」
「いや、そんなことはないけど…」
「あたしだって何も願掛けてるってわけじゃないわよ。でも普通、げんくらい担ぐでしょ、こういう時は!」
「ああ、うんうん、ごもっとも」
俺は慌ててブルマの怒声を受け止めた。その事実は今ひとつ受け止めきれないままに。
ブルマが占いに従うなんてなぁ…験を担いでるにしたって、なんかキャラ違うよなぁ。いつもは断然、科学的な物の見方をするくせに。
だけど、それだって俺のためなんだ。俺のためだけなんだ。そのことが、やがて俺にははっきりわかった。
「何よ、その言い方。そんなかわいくない反応するなら、あげないわよ!」
「いや、だからありがとうって…」
「本当にそう思ってるんなら、もっとそれっぽく振舞いなさいよ!」
だって、頬が赤いんだから。態度では押し切ってるわりに、顔が照れてるんだから。まあ、さっきほどじゃないけどさ。
さっきは本当に真っ赤だったもんな。自分からするのよりは、される方が照れるってわけか。…でも、どっちもかわい過ぎるぞ。
「…ちょっと、何をじろじろ見てんのよ」
「うん、かわいいなって思って。…それ、その髪飾り」
「自分で買ったくせに何言ってんの」
俺がちょっと誤魔化して言うと、ブルマはそっぽを向いた。でも、それが照れ隠しであることは、明白だった。だって、その頬がさらに赤くなっていたから…今度は、耳までも赤くなっていた。
やっぱり、言うより言われる方が照れるんだなぁ。うーむ、おもしろい…なんか癖になりそうだ。
俺はちょっと調子に乗りかけたが、それ以上何かを言うことはなかった。ここでブルマが踵を返してしまったからだ。…ま、あんまりしつこくして本当に怒らせてしまったら元も子もないから、いいか。
無言で立ち去っていくにしては歩速緩く肩を怒らせてもいないブルマの後を、俺はゆっくり歩いた。やがて、テラスに差し掛かると、リビングの窓からウーロンが顔を覗かせた。
「おーい、おまえら、早くしろよ。人にばっかり働かせるなよなー」
陽が落ちてきたせいだろう、その後ろで光り輝くクリスマスツリーが、とても鮮明に見えた。気づけば、いつの間にかイルミネーションがつけられていたらしく、C.Cのゲートも光っていた。エントランスホールにある大きなツリーも、ぴかぴか瞬いていた。
「今行くわよ!」
今夜のC.Cはクリスマス一色。それは、今や俺の隣を歩く女の子も、例外ではなかった。俺からのクリスマスプレゼントである髪飾り。それに合わせて着たらしい、ピンクのミニスカート。
そして俺自身も、クリスマスパーティに参加するため、そのC.Cに吸い込まれていった。


俺にとって初めてのクリスマスパーティは、賑やかというべきか、混沌というべきか、なかなか騒がしく進んだ。
「メリー、クリスマーース!それーーーっ!!」
「きゃっ!ちょっとウーロン、人の方に向けないでよ。危ないじゃないの」
「それじゃおもしろくないだろ」
「この野蛮人!」
まずは、皆で集まった際には必ず勃発すると言ってもいい、ブルマとウーロンの言い合い。でも、今日はなんだか仲よく見えるな。この二人の間柄も微妙だよなぁ…
で、それにちょっと呆れたりなんかしていると、ママさんが声をかけてくれた。
「どーぉ?ヤムチャちゃん、都のクリスマスのお料理はお口に合うかしら〜」
「ええ、とってもおいしいです」
「他にもまだまだいっぱいあるのよ〜。ヤムチャちゃんたちが来て初めてのクリスマスだから、ママはりきっちゃった。プーアルちゃんもたくさん食べてね〜」
それで、とりあえず勧められるままにご馳走を口に運んでいると、すぐ横でこんな会話が始まった。
「いやぁ、今年は賑やかだねえ。やっぱり若い子が多いと違うねえ。来年はピチピチギャルが来てくれないものかなあ」
「そんなもん、どこから来るのよ?」
「ヤムチャくんにクリスマスカードをくれた子たちがいるじゃないか」
「そんな子たち、呼ぶわけないでしょ!!」
「妬くな妬くな。おれは賛成だぜ。おれがヤムチャの代わりに相手してやるからよ」
「何言ってんの。例えあんたがその気でも、あっちが相手してくれないわよ」
「へん、おれが変身できるってこと、忘れてもらっちゃ困るぜ。ヤムチャのやつに変身して、うまいこと誘って…」
「そんなのダメに決まってるでしょ!!」
やめてくれないかなぁ…
話の種だっていうのはわかるんだけどさ…これじゃ俺だけ会話に加われないじゃないか。悟空じゃないんだから、いつまでも食ってばかりいるのはキツいんだが。 っていうか、よもやブルマを本気で怒らせないでくれよ…
蚊帳の外であり続けたいのかそうじゃないのか、俺が非常に微妙な気分になっていると、ママさんが明るい声でこう言って、場の空気を変えた。
「は〜い、じゃあそろそろ、ケーキを切り分けましょうね」
なかなか絶妙なタイミングだ。そして、それに応えた娘の態度が、またかわいかった。
「あたし、一番大きなイチゴが乗ってるとこね!」
叫びながら大きく片手を上げたその様が、なんか子どもみたいだった。でも、それでいて非常にブルマらしいと俺は思った。
「おまえ、せっこいな〜。なんつーか、食い意地が張ってないだけに、せこいよな」
ウーロンはそんなことを言っていたけどな。でも、『全部』じゃなくて『一番大きな』ってところに性格が表れてると、俺は思うんだよ。
だから、思ったんだ。
俺も一番になろうと。その為なら、どんな厳しいトレーニングも辞さないつもりだ。…もっとも、今日は、トレーニングはなしだけど。
「ははは。ブルマ、俺のイチゴやるよ」
「わーい!サンキュー、ヤムチャ!」
「おまえ、いっつもそうやって、ヤムチャからいいとこぶん取ってくよな〜」
「失礼な言い方しないでよね。これはヤムチャが自分でくれたのよ」
そう、ブルマにはあんなことを言ったばかりで何だが、今夜のトレーニングはなしだ。パーティに参加してるからということもあるが、これではトレーニングにならん。
このクリスマス一色のC.Cに住むお嬢様のせいで、俺自身もすっかり――今や心の中すらも、クリスマスに取り込まれているから。
何、大丈夫。クリスマスが終わったら、めいっぱいがんばるよ。
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