有為の女
不思議だった。なぜブルマが怒るのか。
俺は毎日C.Cにいたし、毎日ブルマと過ごしていたし、どうしてブルマが怒るのかわからなかった。
本当にわからなかったんだ。


ブルマが悟空と共にドラゴンボールを探しに行ったと聞いて、俺は驚いた。
そして、その後ブルマから連絡を受けて、また驚いた。
俺たちが駆けつけた時には、すでに戦闘は終わっていた。俺たちはC.Cに戻ってきた。

夜も11時を回る頃、俺はリビングへと足を踏み入れた。ブルマがそこにいるのを知っていたからだ。
なぜとはなしに、ブルマと話したかった。ひさしぶりでもあったことだし。
ブルマは1人ソファに座っていた。
「休まないのか?」
「眠くならないのよ」
そう言うとブルマはキッチンへと赴き、カップにコーヒーを注ぎ入れた。1つ2つ砂糖を落とし、おざなりにスプーンで掻き混ぜる。
俺は眉を顰めた。ブルマがコーヒーに砂糖を入れるところなど、見たことがなかった。
ブルマは不味そうにコーヒーを一口啜ると、ソファへと戻った。俺もそれに倣った。
テーブルに転がしていた雑誌をつまらなそうに拾い上げると、ブルマはわずかに身をソファの隅に寄せた。
「どうして悟空についていったんだ?」
雑誌を捲る手を休めずに、視線を下に落としたまま、ブルマは俺に答えた。
「ドラゴンボール探しを手伝おうと思ったのよ」
どこか突き放すような口調だった。だが、俺は気にしなかった。疲れているんだろう。そう俺は判断した。今回はいろいろなことがありすぎた。ましてブルマは、俺たちよりもずっと悟空の近くにいたのだ。気が高ぶってもしかたがない。
「それはわかってるさ。俺が訊いているのは、なぜいまさらそう思ったのかってことだよ」
ブルマは無意味に冒険を追うような人間ではない。何か理由があったのだろう。だが、俺には思い当たらなかった。
そんなことを俺がブルマに訊いたのは、まったくの成り行きだったのだけれど、ブルマの返答は俺の手に余った。
「なんであんたにそんなこと答えなきゃなんないのよ」
俺は言葉に詰まった。
「なんでって…だっておまえ学校までサボって」
ブルマが学校をサボることなんて日常茶飯事だったけれど、たいがい俺に声をかけていたし(俺は誘いには乗らなかったが)、夜にはC.Cに戻っていた。それが急にいなくなったのでは、心配するに決まってるじゃないか。
「あたしがドラゴンボールを探しちゃいけないっていうの?」
そんなこと言ってないじゃないか。一体どうしたっていうんだ?
だが俺の意に反し、口から出たのは次の言葉だった。
「だって…おまえにドラゴンボールを探す理由なんてないだろ。ブルマ、おまえ少しおかしいぞ」
俺は頭を振った。まったく訳がわからなかった。
「あるわよ!」
突然ブルマが立ち上がった。ソファがわずかに軋んだ。
「ドラゴンボールを探す理由、あるわよ!」
俺は驚き声も擦れがちに、ブルマの顔を仰ぎ見た。
「…何だ?」
「あたしは恋人がほしいのよ!」
…恋人?
恋人って言ったのか?
「恋人って…だって、俺がいるじゃないか」
俺の呟きは、ブルマの叫びに掻き消された。
「あんたなんか恋人じゃないわよ!…あんたなんか…あんたなんか、いっつもプーアルとつるんでて、いっつも自分のことばかりしてて、本当はあたしのことなんてどうでもいいくせに!」
「ブルマ?」
何を言っているんだ?
「あたしのことなんて好きじゃないくせに!」
ブルマは一瞬息を止めると、ソファにくずおれた。握った掌へと続く肩がわずかに震えている。俺は俯くブルマの顔を覗き見た。
ブルマは泣いてはいなかった。泣いているより酷い。瞳は虚ろな青で、まるで夜の海のようだ。暗い波がさざめいて、今にも溢れ出しそうだった。
俺は瞳を烟らせた。見ていられなかった。
泣いてくれたほうがずっといい。そんな風に我慢しないでくれ。
俺は何とかしたかった。受け止めようなんて傲慢なこと思っちゃいない。そんなスキルないよ。ただ零してやりたかった。流させてやりたかったんだ。
でも、できない。俺は怖かった。ブルマは俺を拒否している、そう感じた。
「…どうすればいいんだ」
俺にはわからなかった。
「…キスしてよ」
ブルマは顔を上げずにそう言った。か細い、でも強い声だった。
「キスしてくれなきゃ、恋人だなんて思わない!」
俺は手を伸ばした。震える手で、震える肩を抱きしめた。ブルマは俺を見なかった。そっと頬をかたぶけて、なぞるように口を合わせた。
「…これでいいのか」
「ダメ」
ブルマは冷たい声音で言った。
「もっとしてくれなきゃダメ」
ブルマは顔を上げた。その瞳に涙はなかった。消えたわけじゃない。隠している。…ああ、そうだ。
こいつはそういうやつだ。弱いところなんて見せちゃくれないんだ。そして、俺はそれに甘えていたんだ。
俺はブルマの体に触れた。ブルマが肩から力を抜くのがわかった。瞳に俺が入り込んだ。
俺たちは瞳を閉じて、長い長いキスをした。
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