感性の女
俺はクラスの中を見回した。目指す人物の姿はなかった。
「ブルマはどこへ行ったんだ?」
尋ねる俺の言葉に、クラスメートは冷たく答えた。
「ブルマなら帰ったわよ」
またか。
俺はちょっと借りたい物があって、ブルマのクラスへ行った。俺とブルマのクラスはわりと離れた位置にある。だから、あまりスクール内で顔を合わせることもない。
「いいわよね、あのコは。あんなにサボってても、結局首席なんだから」
クラスメートのやっかみを背に受けながら、俺はブルマのクラスを後にした。

まったく、あいつはサボってばかりなんだからな。たまにはビシッと言ってやらにゃいかん。

ハイスクールから帰るなりブルマの部屋へと直行した俺を、あいつは笑って出迎えた。
「あらヤムチャ、おかえり」
「ただいま。ってそうじゃないだろ」
俺は精一杯しかつめらしい顔をして、ブルマの額を小突いた。
「またサボりやがって。しかも俺に何の断りもなく」
ブルマは堪えた様子もなく、当然のように呟いた。
「だってつまんないんだもん」
その台詞は聞き飽きた。
「せめて一声かけろよな。つい最近まではしつこいくらい言ってきてたくせに」
まったく、アイスだケーキだ茶店だと、まるで勧誘員のようにしつこく食い下がってきていたものだ(俺は乗らなかったけどな)。
「あら、そうだっけ?」
そうだっけって、おまえなあ。
さらに苦言を呈してやろうとする俺に、ブルマはテーブルの上の小箱を指し示した。
「あんたも食べる?さっき買ってきたの。新しいお店よ」
イチゴの形のチョコレート。俺はそれを1つ口にした。
あ、おいしいなこれ。
「ところで、何を作ってるんだ?」
俺はブルマの手元を見た。どことなく見覚えのある部品が、そこにあった。
「エンジンよ。エアバイクの」
「また改造してるのか」
一体何度改造すれば気が済むんだ。光速でも目指す気か。
「おまえのエアバイク、豪速すぎるって噂だぞ。そのうち取っ捕まるぞ」
ハイスクールでも問題になっている。C.Cの令嬢じゃなければ、とっくに処分が出ているところだ。
「平気よ。逃げちゃうから。絶対捕まりっこないわ」
「余計ダメだ」
俺はそれ以上言う言葉を失って、ブルマの部屋を後にした。

一時無人になったリビングで、ブルマが本を読んでいる。俺はなんとなくその傍に座る。
なんとなく会話が始まる。
俺たちのする話は他愛のないことばかりだ。いや、他愛のないとはちょっと違うか――ブルマの発する言葉は突拍子のないことが多いからな。
その時もそうだった。
「コアラって、いっつも子どもを抱っこしてて重くないのかしら。子どもは窮屈じゃないのかしら」
「は?」
俺は目を丸くした。
もちろんこの言葉の前には、コアラの話などしていない。それどころか動物の話すらしていない。
「あれって本当に気持ちいいのかしら。ねえ、やってみせてよ」
そう言ってブルマは、俺の胸元を軽く叩いた。数瞬の思考の後、俺はブルマの意図を理解した。
「いや、ダメだってそれは…」
一体何を考えているんだ、おまえは。誰か来たらどうするんだ。
ブルマは、まったく理のない瞳で俺を見た。
「いいじゃない。あたしがそうしたいんだもの。っていうか、やるの!」
…まるっきり子どもの駄々だな。
そう、ブルマは女というよりほとんど子どもだ。それがすごくかわいい。
大きな青い目をさらに大きく見開いて俺を見つめるその奥には、もうあの海はない。俺はそれがとても嬉しい。
それは完全に取り払われたわけではないだろうけれど、ブルマには海の深さより空の明るさのほうがよく似合う。そう思うのだ。
それで、俺はいつも言うことをきいてしまう。
「ねえ、重たい?」
「いや、それほどでもないけど」
戸惑いながら答える俺に、ブルマは言った。
「あたしは窮屈だわ」
ははは。
俺はほとんどくっつかんばかりの距離にあるブルマの顔を引き寄せて、その額に、――俺の額を合わせた。
「もうっ」
俺のフェイントにブルマがちょっと口を尖らせて、次には満開の花が咲く。
俺にもこんなことができるようになるなんてな。プーアルが知ったら驚くだろうな。




「今日もリビングに入れない…」
「ああいうことは自分たちの部屋でやってほしいよな」
プーアルとウーロンの呟きは、俺には聞こえていなかった。
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