鳥の女
プーアルがおずおずと言った。あまりリビングにブルマと入り浸るな、と。
見られていたのか。しまったな…格好悪いったらありゃしない。
しかし、それももう終わりだ。俺はもうすぐここからいなくなるからな。
俺は武天老師様のところへ行く。もう決めたんだ。
ブルマとの蜜月はちょっと勿体ないが…
ま、そんなもんだな。いつまでも浸ってなどいられない。俺には俺のやることがある。

俺が修行のための荷を造る様を、ブルマはぼんやりと見つめていた。手伝う気は毛頭ないらしい。わかっていたことだ。むしろこいつが手伝うなどと言った日には、槍が降るというものだ。
台風一過のような部屋の中で、俺とブルマは、ほとんどボークのような会話を繰り返していた。
「武道って、よくわからないわよね。修行して、強くなって、そこに何があるわけ?」
頬杖をつきながらそう言うブルマの瞳には、まったくもって無理解の霧がたゆたっていた。自身その質問に対する答えを明確には持っていなかったので、俺はより高度な頭脳を持つ(はずの)人間の力を借りることにした。
「何があるって言われてもなあ。じゃあ科学には何があるんだ?」
ブルマは易々と答えてみせた。
「科学には社会貢献という理想があるわ。でも武道って、ほとんど自己満足の世界じゃない」
…そうだな。そのとおりだ。
「否定はしないさ。でも、鍛錬して他人を凌駕したいと思うのは、人間の本能だろ?」
「でも、負けちゃったじゃない」
おまえはどうして、そう人の傷を抉るようなことを淡々と言うんだ。
「今度は負けないさ」
自信はないけどな。
でも、みんなそうやってやっていくんだ。
「ふうん」
ブルマは今度は、まったく感動のない瞳で俺を見た。


ブルマはその日も学校をサボっていた。今週はほとんど行っていないと言ってもいい。いくら成績優秀とはいえ、程があるというものだ。
俺がブルマの部屋を訪れた時、あいつは床に座り込んで、パーツの山をいじくりまわしていた。まったくやる気ないな。
俺がいるのもあと数日だというのに。最後くらい決めてみせろってんだ。
俺が近づくと、ブルマは気のない素振りで顔を上げた。
「あんた、学校は?」
よくも訊けるもんだよな。自分のことは棚にあげてさ。
「もう終わりだ。部屋の整理もしたいしな。立つ鳥なんとやらだ」
俺の部屋は相変わらず破壊の様相を呈していた。それで俺は気分転換に、ちょっと予定を繰り上げて、先にこれをしておこうと思ったわけだ。
「まあそれで、ちょっとこの機会に苦言を呈しておこうと思ってな」
俺は胡坐をかいて床に座り、ブルマを正面に見据えた。ブルマはおぼつかなげな顔で、俺を見返した。
「おまえ、もうちょっとハイスクール行けよ。せっかく首席なんだからさ。少しは格好つけとけ」
ブルマがハイスクールでやや浮き立った存在であることを、俺は知っていた。それが心配だった。
せっかく俺が勇気を振り絞って言ったにも関わらず、ブルマの返答は素っ気ないものだった。
「気が向いたらね」
「おまえの気はえらく不安定だからな」
向くのを待っていたら、世界が終わっちまう。
俺は気を取り直して続けた。
「それからイチゴを食べすぎるな。これは忠告だ」
ブルマは笑った。あのな、俺は本当に心配してるんだぞ。とにかくおまえは、イチゴを食べすぎなんだ。
「以上2点。気をつけるように。…ま、適当にな」
俺は思わず最後の言葉を付け足した。まったく、俺も甘いよなあ。
さして感慨を与えられたとも思えないが、ともかくも俺はそれをやり遂げ、胡坐を解いて立ち上がった。
ブルマの座っている場所からドアへと続く空間の、未だブルマの声が耳に届くその位置で、俺は意を決してそれを口にした。
「そうだ。今度ドラゴンボールを探しに行く時は、俺に教えろよ」
「え?」
「俺が止めに来てやる」
ちょっと格好つけすぎたかな。でも、俺はおまえが心配なんだ。
おまえは俺がいなくなればすぐにでも、どこかへ行ってしまいそうだからな。
俺の言葉が届いたのか届かなかったのか、未だ俺が判別できないでいるうちに、ブルマが俺の名前を呼んだ。
「ヤムチャ!」
そしてこんなことを言ったんだ。
「あんた、またここに戻ってくる?」

俺は心が温かくなるのを感じた。
同時に、別の感情も。

バカだなあ。こいつ。
何が天才科学者だよ。本当にバカだ。

「部屋があればな」
俺は笑ってそう言った。
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