使う女
俺はイチゴを摘み上げた。
「ほら」
そしてブルマの皿に放り込んだ。
「えっ?何?くれるの?」
「ああ」
俺たちはリビングで、夜のコーヒーを楽しんでいた。コーヒーの友はイチゴのショートケーキ。ブルマにとっての恋人だ。
俺が自分のケーキからデコレーションされたイチゴを取り、ブルマの皿へと放り込むと、ブルマは瞳を輝かせた。
「うっそ!マジマジマジマジ?」
まったく、まるで子どもなんだからな。
「わーい!ヤムチャ大好き!」
大好き?
大好き…
俺は感動した。よもやブルマの口からそんな言葉が聞けるとは。きっとこれが最初で最後だな。
「愛してるから、間に挟まってるのもちょうだい」
「……」

俺はなんとかスポンジの間に挟まっているイチゴは死守した。
「なーによ、ケチ」
「ケチじゃないだろ」
おまえ、俺のケーキを残骸にする気か。
俺はおまえほどイチゴが好きというわけではないが、残骸はもっと好きではない。
そんなことを考えながら、俺が甘いケーキを甘いコーヒーで流し込んでいると、唐突にブルマが言った。
「ねえねえ、女の子の夢って何だと思う?」
女の子の夢?
イチゴ…じゃないよな。
俺はちょっと口篭りながら、その単語を口にした。
「…結婚、とかか?」
「ブー。ハズレ!それは前時代の話よ。あんた古いわよ」
グサッ。俺は俺にしかわからない理由で、傷心した。
「今は断然、お姫様抱っこよ。お姫様抱っこ!!」
何だそれ。
「知らないの?古代ローマの風習に由来するもので、正式名称は『横抱き』、運搬者には筋力と腕力を、非運搬者にはスタイルの良さを要求する、過酷な運搬方式よ!」
ますますわからなくなった。
「あたしたちの場合は、両者共に条件クリアよ。そういうことって、なかなかないのよ」
「ふーん」
「だから、やって」
「……」

ブルマの腕が俺の首に絡まる。ブルマの胸が俺のそれに触れる。ブルマの腰が…
「おい、そんなにくっつくなよ」
頬の朱を微かに意識しながら、俺はブルマに言った。
「何よ。運搬者と被運搬者の体の密着度が高いほど安定性が増し、運搬者の負担は低くなる。常識よ!」
常識というより呪文にしか聞こえん。
「とにかく持ち上げればいいんだろ。ほら」
俺はなるべくブルマの体に触れずにすむよう細心の注意を払いながら、だが軽々とその体を持ち上げてみせた。
「ちっがーう!だから、被運搬者が運搬者の肩越しに腕を首の後ろに回して反対側の肩につかまって、運搬者側は被運搬者の背面から腕を回して胴を掴むと共に、膝の下に差し入れた腕で足を支えるんだって!」
もはや読む気もしねえな。
だいたい俺は鍛えてるんだから、そんな手段を弄せずとも持ち上げられるのだ。しかし、ブルマはそれを認めない。
「正式に抱くことが重要なの!」
何やら妖しげな表現まで使いやがる。
散々揉めた末、俺はブルマの細かな要求にもすべて応え、『お姫様抱っこ』とやらを完璧に現実化させることに成功した。
だって鍛えてるからな。

俺はブルマを抱いたまま、ソファに腰を落ち着けた。
「もういいだろ。そろそろ離れろよ」
俺は疲れていた。…体ではなく、心が。
「ダーメ」
ブルマは笑って俺の言葉を否定すると、瞳をいたずらっぽく煌かせた。
「は?」
「だってお姫様だもん。お姫様の言うことはきくものよ」
言いながら、俺の頬に手を伸ばす。
「誰か来たら…」
「大丈夫、みんな寝てるわ」




「寝てたけど、うるさいから起きちまったじゃねえかよ!!」
ウーロンの怒りは俺たちの耳には入らなかった。
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