隠す女
まいったなあ。本当にまいった。俺がいない間に、まさかそんなことが起こるなんてな。
プーアルとウーロンがすっかり怯えてしまっている。確かに、あの時のブルマの迫力は尋常じゃなかった。俺はブルマが何を言っているのかさっぱりわからなくて、現状把握をするので精一杯だったので、怖さ半減だったが。
思い返すに、あれは心当たりがあったなら、本当に怖いな。気をつけよう。


さて、例によって、リビングでの話だ。
「人の心理って不思議よね」
ブルマは空になったコーヒーカップを名残惜しそうに見やりながら、テーブルに戻した。
「どうしてダメって言われると、やりたくなるのかしら」
そう言って腕を組み、小首を傾げた。
「…それは、おまえのサボりのことを言っているのか?」
俺はブルマの顔を見た。そこに謙虚さはなかった。
「違うわよ。あたしは、言われなくってもサボるわよ」
威張るな。
何事もなかったかのように、ブルマは続けた。
「例えば、おばけよ。あんなの、本当はいないのに。いないって言われると、みんなムキになって反論するでしょ」
「おばけはいないのか?」
俺は訊ねた。おばけを信じているわけではないが、これが会話のマナーというものだ。
ブルマは口を尖らせて即答した。
「いないに決まってるでしょ。だいいち、非科学的よ」
でた。ブルマの台詞十八番第二弾。『非科学的』。
「でも、人魂とかあるじゃないか」
人魂はお化け屋敷の定番だ。相応の位置を占めるからには、何か理由があるはずだ。
「あんなの科学で説明できるわよ。あれはプラズマよ」
プラズマか。そういえば聞いたことがあるな。
「じゃあ霊は?」
霊はわりと広く信じられている。見たと言う人間だって、五万といるじゃないか。
「科学的に言うと、見間違いよ」
全員が全員か?…まあ、いいだろう。
俺は重箱の隅を突いてみた。
「写真にも写っているぞ」
「科学的に言うと、現像ミスね」
全部が全部か…すごい労力の無駄だな。
「BGMに声が入ってるやつ、あるよな」
詳しくは知らないが、ブルマの言うところの「前時代」の遺物に、そういうものがあったはずだ。
「科学的に言うと、雑音よ」
それはあり得るな。なんといっても「前時代」の物だしな。
「背筋が寒くなったり…」
これは俺にも経験がある。…まあひとくくりに霊のせいにはできないが。
「科学的に言って、風邪」
「それは医学だろ」
俺は珍しく口に出してツッコんだ。
ブルマは空になったカップを手に立ち上がりかけたが、すぐに体をソファに戻し、わざとらしく俺を睨みつけた。
「医学も科学の1つよ」
はいはい。
俺が一瞬押し黙ると、ブルマがまたコーヒーカップに目をやった。俺は立ち上がった。
カップを手にキッチンへと赴くと、まずブルマのカップにコーヒーを注ぎいれ、わずかにポットに残ったそれを、自分のカップに零した。
「イタコは?」
「どう考えても詐欺師でしょ」
それは科学じゃないんだな。
俺はカップの底に沈んだ黒色の砂糖水を、舐めるように口に入れた。
「でも霊媒師なんかは、それで食べていけてるみたいだがなあ。肝試しだって廃れないし」
「世の中には需要と供給ってものがあるのよ」
ブルマは美味しそうにコーヒーを啜った。俺はふと思いついて、再びキッチンへと向かった。
「おまえ、なんでそんなにムキになって反論するんだ?」
ブルマは黙った。ひょっとして…
俺はカウンターの下からドライストロベリーの詰まったボトルを引っ張り出し、それをブルマに差し出しながら、思い切ってその台詞を口に出した。
「…おまえ、本当は怖いんじゃないのか?」




「今日は入ってもよさそうだね」
「まったく、毎日疲れるよなあ」
プーアルとウーロンが、毎夜ある意味での肝試しをしていることに、俺は気づかなかった。
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