理解不能な女
買ったばかりだという服を着て、ブルマが俺の目の前でくるりと一回転してみせた。
「似合う?」
「似合う似合う」
確かによく似合っている。欲を言えばもう少しスカート丈が長めだといいのだが…
そう俺が思っていると、ブルマが眉間に皺を寄せ、鼻もくっつかんばかりに詰め寄ってきた。
「なんだよ?」
「感情が篭ってない!」
おいおい…
「いや、だから似合うって」
ブルマはブツブツ呟いた。「本当気が利かないんだから」とか何とか。本人は独り言のつもりだったようだが、しっかり聞こえたぞ。
だがそれには言及しないことにして(「やぶへび」という言葉の意味を俺はよく知っているのだ)、俺はブルマのもう1つの新調品について触れた。
「しかし、服に合わせて髪を切るっていうのがわかんないよなあ」
「女ってそんなものよ」
いや、おまえだけだって。

一通り見せ終わるとブルマは気が済んだらしく、俺の隣に腰掛けた。ちなみにここは、俺の自室のベッドの上。時々ブルマはこんな風に、新しく買った服や靴なんかを身に着けて、わざわざ見せにやってくる。こんなところだけ子どもっぽいんだからな。鈍い俺でも、この状況にツッコミを入れたくなることがある(入れないけどな)。
「ねえ、明日ショッピングつきあってよ」
でた。ブルマの台詞十八番。
「またかよ」
「またかよって、帰ってきてからまだ1度も行ってないわよ」
「そうだっけ。まあいいけど」
「っていうか、あんた彼氏なんだからそれくらいつきあいなさい!あたしの友達の彼なんてね――」
「いや、だからいいって」
本当に話を聴かないやつだ。だいたい強制するんなら最初から訊かないでほしいよ。
「あらそう。じゃあ10時ね」
それだけ言うと、ブルマはさっさと部屋を出て行った。「嵐のようにやってきて」とかいう言葉は、まったくこいつのためにある。
そんなわけで、翌日俺はブルマと共に買い物なんかに行くことになった。事実上の荷物持ちだな。


ブルマは昨夜の赤いワンピースを着ていた。お気に入りなんだな(まあ、これのために髪を切ったくらいだからな)。
ショッピングエリアに着くが早いか、ブルマはこんなことを言い出した。
「ねえ、買い物する前にお茶飲みに行きたい」
「いきなりだなあ」
「行きたいところがあるのよ。ダメ?」
ブルマはちょっと小首を傾げると、下から覗くように俺を見た。こういう時のブルマは本当にかわいい。いつもこうだといいのに。
連れられていったティールームは、たっぷりと射す日差しと公園から吹く風が心地よい、なかなかの穴場だった。こいつの選店眼には、時々本気で感心する。
「今日はストロベリーサンデーの気分かな」
少しは甘い気分になっているらしい。って、ちょっと待て。
「おまえ、ダイエットするって言ってなかったか?」
「いいの。イチゴは別なの」
そんなんでいいのか?
そう思ったが口にはせず(だってこわいからな)、俺は先日耳にしたことを確かめてみる気になった。
「おまえのイチゴ好きは徹底してるからなあ。神龍にイチゴ頼もうとしたやつなんて、きっとおまえくらいだ」
どうしたらそうできるのかはわからないが、ブルマは食べていたアイスを咽させ(アイスって咽るか?本当に器用なやつだ)、瞬時に俺のコーヒーを奪っていった。
「あんた、何でそれ知ってんのよ。っていうか、このコーヒー甘すぎ!」
おまえ、人のコーヒー勝手に飲んでおいてそれはないだろう。
でも、本当だったんだな、あの話。悟空のことを信じなかったわけではないが、それにしても「イチゴ」ってのがな…。しかしまあ、引っかかりやすいやつだ。
「悟空が前言ってた。でもおまえ、いっぱいのイチゴなんて自分で買えるだろうに」
「わかってないわね。買うんじゃなく貰うところが、ロマンなんじゃない」
わかんねえよ。
しかし、大金持ちの娘でもそんなこと思うんだな…

地獄のブティック巡りが始まった。まあ、覚悟はしていたけど。わかってて来たわけだし。
ブルマの行く店はだいたい決まっていて、店員もブルマのことを覚えている。常連ってやつだな。自然連れられていく俺の顔も覚えられて、ブルマが試着している間に雑談に花が咲きかけることもある(かける、というのはあいつが途中で何やかやと俺を呼ぶからだ)。
3件目の、ブルマがドレスをよく作る(ドレスなんてそんなに着る機会ないんじゃないかと俺は思うんだが、何故かブルマはよく作る)店に行った時だ。
隣に新しくできた(んだと思う。入ったことないから)その店のショウウィンドゥをしばらく眺めていたブルマだったが、「ふぅん」と小さく呟くと、俺を店へと引っ張りこんだ。
赤や緑やその他原色の、わりと派手目な服が並ぶ。なるほど、ブルマの好きそうな店だ。
ブルマはさっき見ていたウィンドゥのドレスを店員に申し付けると、店内を仔細に眺めまわし、どこからか赤いドレスを持ってきた。
「これどう?ちょっといいと思わない」
どうって言われてもなあ。っていうか、俺には今着ているものと同じにしか見えないんだが…
俺の返事も待たず(こいつはいっつもそうだ。訊くだけきいて困らせておいて、こっちの言うことなんか聞きゃしねえ)、ブルマはフィッティングルームへと消えた。

ブルマを待っていると、店員が俺の隣にやってきた。
まあ、よくある展開だ。だいたいブルマのことを褒めたりするのが定石だな。
この時もやはりそうだったのだが、その態度がまずかった。
その店員の、俺を見る目。
ブルマがそうするよりはやや不自然に(俺はそういうのには鈍いけれど、不自然さというのはわかるものだ)小首を傾げて、品を作る(とブルマは評する)ように鈍く光る、この目。
俺は時々こういう目を女性から注がれることがあるのだが、ブルマはそれを酷く嫌がるのだ。
まずいなあ、と思いながら俺がフィッティングルームに目をやると、着替え終わったブルマが、燃えるような目をしてその店員を睨みつけていた。
…ああ、この店はお気に入りリストから外されたな。
ブルマは着ていたドレスをさっさと脱ぐと、近づいてきた店員には一瞥もくれず、店を後にした。
おおこわ。
「やっぱりプレタポルテはダメね!店員がなってないったらないわ!」
「そうだな」
俺は自分に火の粉が飛んでこないことを祈りながら、そう答えた。

陽が暮れてきた。ブルマは最後に今着ているワンピースを買った店に行くと言い、これまでとは反対の方向に歩き出した。
俺はすっかり疲れていたが、これが最後と思うと力が湧いてきた。同時に、ちょっとした悪戯心も。
いつか言われた「彼女を淋しがらせるなよ」という言葉が心にひっかかっていたのかもしれない。
その時俺たちは、反対の通りに渡るべく、長い信号待ちをしていた。信号脇にあるアナログ表示を確かめて、俺はブルマに声をかけた。
「なあブルマ」
「何?」
そしてキスしてやった。うまいこと横を向いてくれたもんだ。
ブルマは無言だった。というより固まってたな、あれは。
呆然とするブルマの手を引いて、俺は青になった信号を渡った。
いつまで経ってもブルマが回復しないので(意外だ。すぐに何か言ってくるものと思っていたのに)、結局そのまま手を繋ぐ形になった。
なんだろう、この爽快感は。こんなストレス解消法があったとは。これは癖になる楽しさだ。

目当ての店が見えてきた。俺はもう大丈夫だろうと思って、ブルマの手を離した。
ブルマは何だか神妙な顔つきでウィンドゥを見ている。と、その目が白いドレスの上で止まった。そして言ったもんだ。
「これ、長い髪が似合いそうだなあ…」

ガクッ。
…おまえ、本ッ当に気が短いな。切ったばかりでもう伸ばす計画かよ。
っていうか、俺のことは後回しかよ!!

こいつは絶対失恋くらいで髪を切る玉じゃない。
そう確信したことだけが、この日の収穫だった。
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