いつもの女
またブルマがカメハウスに来ている。今月2回目だ。
「おまえ、研究は?」
別にブルマに会いたくないというわけではないが、こうも頻繁に来られると…なあ。なんかなあ。あの別れの儀式(というほどのこともないけど)は何だったんだ、という気さえしてくる。
「座礁したわ」
テーブルに突っ伏しながら、ブルマはこともなげに答えた。
「身近にモルモッ…研究材料がいないんだもの。遅々とするはずよね」
不貞腐れたように溜息をつくブルマに、俺は1つ提案をしてみた。
「武天老師様に頼んでみたら?」
修行中の身である俺やクリリンと違って、武天老師様には時間がある(当たり前だが)。それに武天老師様独自の技であるかめはめ波。あれこそ気の塊ではないか。
「亀仙人?」
聞くなりブルマは、あからさまに嫌な顔をしてみせた。
「あのじいさんに頼みごとなんかしたら、何を要求されるかわかったもんじゃないわよ。あんた、あたしの貞操犠牲にしたいの?」
俺は二の句が告げられなかった。
「だからヤムチャ、あんたも早くかめはめ波を会得して…」
「わっ!」
瞬時に俺はブルマの口を押さえた。
「それは言わない約束だろ」
「あら、そうだっけ?」
そうだっけって、おまえなあ。
俺の咎めなどまるで無視して、ブルマは呟きというには大きすぎる声で言った。
「孫くんがいたらなあ。あの子ならモルモッ…研究対象にうってつけなのに」
悟空?
「あんたもそう思うでしょ」
悟空か…
おまえも微妙なこと言うよなあ。

なぜかブルマと買出しに行くことになった。不思議だ。
何が不思議なのかというと、その買出しというのが修行の時間に食い込んでいるからだ。
しかもクリリンがこんなことを言うのだ。
「いいなあ、ヤムチャさん…」
何が?
「武天老師様は俺にもできたら許してやるって仰るんですけど。キッツイですよねえ」
だから、何が?
「もうヤムチャさん、相変わらず惚けるのうまいんですから」
…だから、何が。
「何がってデー…」
「ヤムチャ!行くわよ!!」
俺の不審感が臨界に達しそうになったその瞬間、ブルマに襟首を掴まれた。
俺はわけのわからぬまま、カメハウスを後にした。

街へと向かうエアカーの中で、俺はしつこく不審を口に出していた。
「何も2人で行くことないのになあ」
ブルマの答えは簡潔だった。
「いいじゃない。気分転換よ」
気分転換?
「でも俺、別に塞いでいな…」
納得できず漏らした俺の呟きに、ブルマの声が被さった。
「さあ!かっ飛ばすわよーーー!!」
『安全飛行・安心飛行』を謳っているはずのC.Cブランドのエアカーは、一転、空の魔物と化した。

「まったく、だらしないわね!」
「おまえがだらしありすぎるんだ…」
到着した街の道の片隅で、俺は街路樹に片手をついて、何とか体を持ちこたえていた。
…まったく、こいつの三半規管はどうなっているんだ。それにしても、こいつここまで運転荒かったっけかなあ。
もとより元気もなく、また質問の持つ危険性をも充分に感じ取っていた俺は、おずおずとそれを口に出した。
「時と場合によるのよ」
ブルマはまたもや簡潔に答えた。怒る素振りをチラとも見せず。
変だなあ。
最近、こいつ妙に機嫌がいいんだよなあ。そう、この前のケンカの後からだ。
俺、何かしたかなあ。うーん…まったくもって、見当もつかない。

買出しは順調に進んだ。もはや買い物リストも固定化していて、メモなどなくとも次の店へと歩けるほどだ。まあ、もともと買い物なんてそう難しいことじゃないけど。それでも状況によっては、ひどく大変なことにもなる。カメハウスの住人の中では最も家事に慣れているランチさんが、以前こう言ったことがある――「悟空さんがいらした頃は大変でしたわ」そうだな、まったく大変そうだ。あいつは百人前だからな。違う意味で。
俺は時々こんなふうに悟空のことを思い出す。なぜかは自分でもわかっている。特に今日は、ブルマがその名前を出したからなおさらだ。
そんなことを考えながら無意識に歩を進めていると、いきなりブルマが手を繋いできた。驚きのあまり、俺は思わず手を振り解いた。
「おまえ、いきなり何する…」
「何よ、こないだ繋いだじゃない」
照れも衒いもなく言ってのけるブルマに、俺は思わず反論した。
「あれはおまえが勝手に…」
「あんた、まだそういうこと言うわけ?」
ブルマは多少語気を荒げながらも、表情はまったく平然として、再び俺の手をとった。
何だ何だ。一体どうしたんだ。
珍しいというか何というか、こいつがこんなに大人しげに(そう、これでもこいつにとってはずいぶん大人しいほうだ)、しかも自分から手を繋いでくるなんて、天変地異の前触れとしか思えない。C.Cにいた頃はそういうこともあったけど、あの時は2人ともラリっていた(当時はわからなかったが、今ならはっきりわかる)しな。
俺は訝りながらも何となく毒気を抜かれて、されるままにしていた。
ブルマはのんびりと歩き続けた。

ブルマがカフェに入りかけて、さすがに俺は歩を止めた。
「一体何を考えているんだ、ブルマ。今はこんなことをしている場合じゃないだろう」
ブルマはまたもや平然と答えた。
「いいじゃない、たまには付き合ってよ」
「たまには、って…」
俺、今修行中の身なんだけど。
「ダメだ。それに、カメハウスで武天老師様たちも待っている」
修行をサボってこんなことをしていたと知ったら、温厚な武天老師様もさすがに怒るに違いない。というか、そもそもそういう問題じゃない。
「亀仙人さんなら大丈夫よ。賄賂置いてきたから」
賄賂?
「あんたは知らなくてもいいことよ。あんたは今日、あたしに付き合う運命なのよ」
何だそれは。

結局、俺たちはカフェに入った。ブルマがしつこく「大丈夫」と念を押したこともあるが、要するに俺は流されたのだ。
どうも、俺はこいつに対して毅然とした態度をとれない。それはこいつの性格の激しさのせいもあるだろうが、やっぱり俺が甘いのだ。
俺はコーヒーを飲んだ。あいつはストロベリーロマノフを食べた。
俺たちはまったく他愛のない話をした。
懐かしいな、この空気。たまには悪くない。
…やっぱり俺は甘いな。

カフェから出るとブルマは1つ大きな伸びをした。そして、今日最も不可解な台詞を吐いた。
「よし。充電完了」
意味を図ろうとする俺に、あいつは言った。
「さ、帰りましょ」

俺たちは帰路に着いた。
今度はブルマの運転は荒くはなかった。
カメハウスに戻った。
「じゃあ、あたし帰るわね」
そして再びエアカーに乗り込んだ。今度は1人で。

俺はいつものように手を振った。
あいつはいつものように帰っていった。
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