ぬるい女
俺がそれを見たのは、まったくの偶然だった。
始めは、見間違いだと思った。ブルマがそんなところにいる理由が、思いつかなかったからだ。
あいつは現金を持ち歩かない人間だ。ほとんどの決済をカードと小切手で済ませる。まったく持っていないわけではないが、自分でおろしにいくことなど、まずないはずだ。
それに今日はオークションに行っている。そんなところにいるはずは…
だが悲しいかな、俺の動体視力は超人並みだった。
「…銀行に拳銃を所持する男が押し込み、現在、行内にいる人々を人質として立てこもり…」
アナウンサーの音声が映像に被さった。

現場にかけつけてみると、そこはすでにポリスに包囲されていた。
まあ当然だな。俺はニュースを見てから動いたんだからな。
正直、ポリスは邪魔だった。いっそ無人であったなら、いくらでも動きようがあるというものを。
ポリスを薙ぎ払ってでも、という思考は俺にはなかった。それが常人の感覚だ。
俺は何とか行内の様子を知りたく、目を凝らした。半分以上の窓にシャッターが下りていた。しかし、内部は垣間見えた。

瞬間、俺は息を呑んだ。

ブルマの顔は確認できなかったが、服が見えた。
ライムグリーンのワンピース。あいつにしては珍しい色だったので、よく覚えていたのだ。そのライムグリーンが…
動こうとしている。腕を…振りかざそうとしている。
「…まさか」
俺は瞬時に思いだした。ブルマの腕時計。クロスボウの仕込まれた、あの腕時計だ。
「あのバカ!!」
俺は地を蹴った。あの時と同じように。
あの時よりもずっと速く。

クロスボウが放たれるのが見えた。それは微かに軌跡を描いて、犯人の頚部に命中した。犯人はくず折れた。ように見えた。だが…
その体が地に落ちる寸前、弾丸が発射された。それは俺の目には止まって見えた。
俺はブルマの腕を掴んだ。




「バカやろう!!!!!」
俺は声の限りに叫んだ。
俺とブルマは銀行の裏手、今は人ごみでごった返す、駐車場にいた。
ブルマの体を抱えて宙へと逃げた直後、ポリスが行内に踏み込んだ。事態は終結した。
だが、俺とブルマの問題はこれからだった。

「何を考えてるんだおまえは!!無茶苦茶しやがって!!」
上から押さえ込むように睨み付ける俺に、ブルマは体を縮こまらせながらも、抵抗してみせた。
「だっていけると思ったんだもん…」
その声は小さなものではあったが、明らかに不服の念が篭っていた。俺の怒りは倍増した。
「いけるわけないだろ!!おまえみたいに非力なやつが!!」
いつもは他人に頼りきりのくせしやがって。どうしてこういう時に限って無茶をするんだ。
「な、何よ〜…そんなに怒らなくたっていいじゃない。無事だったんだから…」
「そういう問題じゃない!!俺がいなかったらどうなってたと思ってるんだ!!甘く見るのもいい加減にしろ!!」
俺はブルマを怒鳴りつけた。延々と叱り続けた。
ブルマは俺の怒声に首を竦めながらも、物言いたげな瞳で俺を見ていた。
俺は気づかぬふりをした。

おまえの考えていることなどお見通しだ。
優しく抱きしめられながら「無事でよかった」などと言われたいのだろう。おまえはドラマの見すぎだ。
俺はそんなことはしない。そんな甘いシーンを演じても、おまえが死んでしまったらなんにもならないじゃないか。
だから、俺は叱ってやる。おまえがそんな甘い考えを捨てるまで。いつまでだって、叱ってやる。

いつまでも、いつまでもだ。
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