張る女
「ヤムチャさま、お元気でしたか」
「元気かって、プーアル、この前会ってからまだ1週間しか経ってないぞ」
武天老師様の元での修行も早3ヶ月。プーアルは、週に1度はカメハウスへ俺に会いにやってきた。まったくかわいいやつめ。
「みんなはどうだ?元気か?」
すでに定番となった俺の質問にも、プーアルはいつもと同じように律儀に答えた。
「はい!ウーロンは相変わらずスケベですけど」
「ははは」
俺は一頻りの笑いをおさめ、これまでなんとなく避けてきた名前を口に出した。
「…ブルマは?ちゃんとハイスクールに行っているか?」
ブルマの名前を出した途端、プーアルの顔が曇った。
「はい。…ええと、ハイスクールはあまり行ってないみたいです。しょっちゅう部屋に篭ってます」
「しょうがないなあ」
そんなことになるだろうとは思っていた。まったくあいつは俺がいないと…いや、いてもあまり変わらないか。
「元気そうならそれでいいさ」
プーアルを安心させたくて、俺は言った。でも、本当のことでもあった。
ここにいる限り、俺には何もできないしな。口だけ出してもしょうがない。


あいつはまだ1度も俺に会いにやって来ない。
俺はというと、まったく寂しくないと言えば嘘になるだろうが、正直それほど気にしていない。
気にしているヒマがない。俺は修行中の身だ。そして精神的にだけじゃなく、体力的にもそんな余裕はなかった。
修行は厳しい。苦しくはないが。夜はまったく、かつてないほどよく眠れる。そして起きればまた修行。その繰り返しだ。
愚痴を言っているわけではない。自分で望んだことだ。そして、今現在も望み続けていることだ。
要するに、俺は充実していたのだ。


「ヤムチャさんは、どうやってブルマさんと知り合ったんですか?」
「は?」
3時の休憩を取りながら、クリリンがふいに訊いた。俺は思わず頓狂な声をだした。
まったく、今日はブルマの名前をよく聞く日だ(半分は自分で出したのだが)。何かの因果かな。
「何だってそんなこと訊くんだ?」
俺がそう返すと、クリリンはテーブルに身を乗り出して、妙に気合の入った声で言った。
「今後の参考にですよ。俺だって彼女が欲しいですからね」
なるほど、そういうことか。
俺は傍らのプーアルを返り見た。
「どうやってって言われてもなあ。プーアル」
「そうですねえ…」
俺たちは顔を見合わせ苦笑した。
あんまり他人に言える話じゃないよなあ。
それきり俺たちが黙ってしまったので、クリリンは首を傾げ、軌道をわずかに変えてしかしなおも話を続けた。
「じゃあ、どうして付き合うことになったんですか?」
「それもなあ…」
あんまり他人に言えることじゃないよなあ。
俺はさりげなさを装い答えた。
「なんとなくかな」
「なんとなく?」
今度はクリリンは首を傾げるどころか、かなり本気で訝った。
「なんとなくで付き合ったんですか?好きじゃなかったんですか?」
「うーん…」
これは答えたくない質問だな。
考えてみれば俺たちって変だよな。敵として出会って、好きでもないのに付き合って、いつのまにか好きになってるなんてな。
そう、俺はブルマが好きだ。これははっきり言える。
そして、ブルマも俺のことを好きだ。…たぶん。
俺は流されやすい性格だけど(さすがにそろそろ認めないわけにはいかない)、ブルマはそうじゃない。…と思う。
「因果だなあ…」
俺の呟きはさらにクリリンを困惑させた。
3時のお茶は微妙な雰囲気のまま終了した。


まったく不思議なもんだよな。
別れてからほとんど考えなかったあいつのことを、なぜか他人との会話で出した途端、当の本人が現れたのだ。
その時俺は、朝の修行――牛乳配達をやっているところだった。ブルマはなぜかそのルート上の道端に座り込んでいた。
「おまえ、こんなところで何してるんだ?」
「別に。通りかかっただけよ」
…通りかかった?今何時だと思ってるんだ。朝の5時だぞ。
「ずいぶん地味なことしてんのね」
武天老師様の修行はみんなそんな感じだよ。
そうは思ったが、俺は少々格好つけて答えることにした。
「ああ。基礎体力をつけるためなんだ」
「ふうん。ま、がんばってね」
素っ気なくそう言うと、けたたましくエアバイクのエンジン音(前よりさらにうるさくなってやがる。また改造しやがったな)を響かせ、ブルマは去って行った。
「…一体何だったんだ」
俺は呆然として、あいつの後姿を見送った。
まあ、あいつらしいといえばあいつらしいか…
そして再び牛乳配達の修行に戻った。
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