外の女
こういう展開になることを、少しは予期するべきだった。
俺って、本当に甘いよなあ。


我が師のおかげを以って(嫌味だ)ブルマと一夜を共に過ごした翌朝。空は大変な晴天だった。台風一過ってこういうことを言うんだなあ(台風じゃないけど)。
「ふあぁぁぁ…あぁぁ」
爽やかな朝の光を浴びながら、俺は欠伸を連発した。
昨夜はよく眠れなかった。ブルマはガッツリ寝たようだが。
そんな俺の様子を見て、武天老師様が言った。
「ほっほっほ。若い者はいいのぉ」
…は?
あっ!
数瞬の思考の後に、俺は気づいた。
「む、武天老師様!!」
俺は武天老師様に取りすがった。そりゃもう必死に。
「ち、違います、俺は何も…」
「ほっほっほ。隠さずともよい、よい」
「違いますってば!!」
そこへクリリンとランチさんが帰ってきた。早すぎるぞ。一体どういうタイミングなんだ。
笑いまくる老師様とひたすらに焦る俺の対比を、クリリンは呆気に取られたように見つめた。
「朝っぱらからどうしたんですか老師様。ヤムチャさんも…」
「いや、それがな…」
「わっ!」
やめてくれ。やってもいないことで冷やかされちゃたまらん。
俺が何とか老師様の口を封じようとした、その時。
「うるっさいわねー、寝られないじゃない…」
2階の窓から声がした。ブルマだ。俺はここぞとばかりに、声をかけた。
「おはようブルマ!珍しいな。おまえがこんなに早く起きるなんて!!」
いつも一番最後に起きてくるやつが。
皆もそう思ったのだろう、視線がブルマに注がれた。しめしめ、これで俺は忘れられた。
しかし、皆の視線は再び俺に向けられた。次にまたブルマへと動き、さらに俺へ戻った。
…ん?
あっ!
数瞬の思考の後に、俺は気づいた。
ブルマの覗く窓は、俺の部屋の窓だったのだ。


俺は気合を入れた。
「だから何もしてないって!!」
クリリンが合いの手を入れた。
「またまた〜」
人間って弱いよなあ。
今や修行は忘我の境地どころか、自我と自我の戦いに取って変わられていた。
クリリンの攻撃。
「じゃあ何でヤムチャさんの部屋にいたんです?」
俺のターン…
「それは武天老師様が」
「ヤムチャよ。お主、ヒマを出されたいか?」
…は武天老師様によって、握り潰された。
俺は師と仰ぐお方に売られたのだ。しかし、俺が売り返すことはできない。なぜなら、そういう性格だからだ。武天老師様は人間の心を見抜くお方なのだ。


人間ってわからないもんだよなあ。
朝食の席でのことだ。
クリリンがおずおずと言った。
「…あの、ブルマさん。昨夜なんですけど…申し訳ないんですけど、C.Cのホテル利用させてもらいました」
「いいわよ。っていうか最初からそうしろって言ったでしょ」
やっぱり宿は見つからなかったんだな。まあ、そうだろうなあ。
俺はやっと呼吸が整いつつあった。考えてみれば俺とブルマの状況より、クリリンとランチさんの状況の方が不自然だ。大丈夫だったのだろうか。双方ともに、いろんな意味で。
「それで支配人はよくしてくれた?」
「はあ、まあ…」
どうやらクリリンはそれどころではなかったようだ。…だいたい想像つくな。
ここで珍しくランチさんが会話に割って入った。
「とってもステキでしたわ!あんなステキなお部屋を使ってらっしゃるなんて、羨ましいですわ」
「あたしはまだ使ったことないのよ」
ブルマの言葉を聞いて、ランチさんはにこやかに言った。
「あら、もったいない。ヤムチャさんと行ってらっしゃればよろしいのに」
ぶほっ。
俺は思い切り牛乳を咽返らせた。
ラ、ランチさんまで!!
ランチさんは味方だと(なんとなく)思っていたのに…
ブルマはというと、このランチさんの言葉には別の解釈があったらしく、目を伏せぽつりと呟いた。
「言っとくけど、ケンカしてないわよ」
なるほど。そう取るか。まあ当然かな。
しかし、俺たちってそんなにケンカばかりしているように見えるのだろうか。…そうでもないと思うんだけどな。
「ランチさん、悪いんだけど服を貸してもらえないかしら。あたし何の用意もしてこなかったから」
ふいにブルマがそう言うと、クリリンが牛乳を吐き出した。俺にはやつの考えが手に取るようにわかった。
だから違うって。そんな目で俺を見るな。
「きったないわね。何やってんのよ」
そうだブルマ、もっと言ってやってくれ。
先ほどのブルマの台詞に、再びランチさんがにこやかに答えた。
「構いませんわ。『何もかも』お貸ししますわ」
ランチさん、もう勘弁してください…
ブルマも、このランチさんの物言いの妙には気づいたらしく、一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに表情を戻し話を続けた。
「できれば大人しめの服がいいんだけど。用事があるから」
用事?ひょっとしてあれか?
俺は思わず口を出した。
「定例会か?おまえ準備してないんじゃなかったのか?」
「顔は出さないとね。しょうがないからアドリブでいくわ」
おまえ、相変わらず度胸あるなあ。その度胸と機転を少し俺に分けてくれ。


朝食の後は組み手だ。
俺の上段受け。
「だから本当に何もしてないんだって!!」
クリリンのストレート。
「今さら隠さないでくださいよ。ヤムチャさん、本当に嘘が下手なんですから」
おまえ、本音が出たな。
俺の下段払い。
「隠すも何も事実そのものがないんだ!」
クリリンのストレート。
「そんなこと信じられませんよ。ねえ、武天老師様?」
「うむ」
老師様に話を振るな!!
くそ。どうして俺にはストレートが回ってこないんだ。
俺は天を仰ぎ見た。

そうだ、俺は何もしていない。
何もしていないんだから、堂々としていればいいのかもしれないが…
…………
……
たまんないよな、この空気。
俺って小心者だよなあ。


お茶の時間がやってきたが、俺にはリビングに入る気力がなかった。さんざんいたぶられたせいもあるが、何といってもランチさんがなあ…あの笑顔はキッツイぞ。
俺がカメハウスの外壁に寄りかかって1人腐っていると、ブルマが帰ってきた。清純派の方のランチさんの服を着て、まるでどこかのお嬢様然としてやがる。
「…似合わねえな」
すごくよく似合ってるけど、全然似合ってない。そんな服、さっさと脱いじまえ。
俺の呟きにブルマは僅かに眉を上げて、しかし咎めるでもなく声を返した。
「どうかしたの?あんた、今日変よ。みんなもだけど」
まったくおまえは、昨日はあんなに鋭かったくせに、今日は何でそんなに鈍いんだ。…羨ましいぞ。
「…何でもないさ」
俺はブルマを抱き寄せ、その唇に口づけた。


…こうでもしないと、やってられないよな。
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