貰う女
またブルマがカメハウスに来ている。というか、もうこいつはここの住人のような気すらしてきた。


その似非住人の元を、本来の家の住人が訪ねてきた。プーアルだ。
いや、プーアルは元々俺に会いに来ているはずなのだが、今やほとんどブルマの伝書鳩と化していた。
「ブルマさん、これ今週の郵便です」
「はい、ごくろうさま」
ブルマはプーアルから封書の束を受け取ると、適当に検め始めた。いちいち感想を述べながら。
「あ、この子やっときたわね。まったく時間かけるわよね。もっとサクッとくればいいのに。どっちみちダメだけど」
…こんなこと言われて、気にならないやつがいるだろうか。
「ラブレターよ」
俺が尋ねると、ブルマはそれを得意気にひらつかせてみせた。
「ラブ…」
俺は言葉に詰まった。
「おまえ、そんなもの貰ったのか?」
俺の追求に、ブルマは何の衒いもなく笑ってみせた。
「今さら何言ってんの。時々くるわよ、こういうの。あんたが気づかないだけよ」
そうだったのか。世の中、物好きっているもんだな。
なにげなく俺がそのラブレターとやらに目を向けていると、ブルマがその表面に何か書き込み始めた。
「何してるんだ?」
「受け取り拒否よ。こうするのが一番手っ取り早いのよ。…プーアル、これ投函しといてね」
読みもしないのか。何て冷たいやつなんだ。
でも、温かくても困るしなあ。まあ、いいか。…あれ?でも、ちょっと待てよ。
「俺のことは?」
俺とブルマのことは、ハイスクールではほとんど公認だったはずだけど。
「忘れられたんじゃない?」
ブルマはこともなげに言った。
「あんた、顔はいいけど、存在感薄いから」
何ということだ。
今や俺は、自分がどの事実に一番ショックを受けているのかすら、わからなくなっていた。
ほとんど茫然自失の呈に陥っている俺の前にコーヒーを置きながら、ランチさんが言った。
「ブルマさん、おモテになるんですのねえ」
ブルマはランチさんから手渡しでコーヒーを受け取ると、即座にそれを啜り込みながら、のんびりと答えた。
「あたしがじゃないわよ。C.Cがよ」
珍しく殊勝だな。
感心している俺の前で、ブルマは続けた。
「この時期にくるのはみんなそうよ」
この時期?
なんだそりゃ。


「縁談がきているみたいですよ」
黙然と野外自主トレに励む俺の傍らで、プーアルが喋っていた。
「何でも良家の子女の方は、ハイスクール卒業前に婚約される方が多いんだそうです」
…『良家の子女』!?
瞬間、俺は頭が白んだ。思わず体勢を崩した。
あいつのことだということはわかっていたが、だからこそ白んだのだ。…この気持ち、わかるだろ?
しかし、それにしても…
「プーアル、おまえやけに詳しいな」
いつの間に、そんな耳年増になったんだ。
「ブルマさんのママさんが言ってました。ママさんもそうして博士と結婚したんだそうですよ」
ああ、なるほど。それであの年齢差か。頷ける話だな。
話はそこで終わった。俺の頭にプーアルの言葉がいつまでも残った。
『良家の子女』。
何、そっちじゃないだろうって?いや、あいつの場合こっちだろ。
だって、今のあいつが結婚なんてすると思うか?あんな子どもみたいな女が。
よしんば1万歩譲ってするとしても、見合いだけはありえない。それはもう断言できる。
あいつが見合いを好むとは思えないし、あいつみたいな女を見合いで見初める男がいるとも思えん。あいつが見合いの条件で満たしている点があるとすれば、自身言っていたように『C.Cの娘』という点だけだ。
だからこっちなのだ。な、当然の帰結だろ。

俺は今までブルマのことを、わりと普通の子だと思っていた。
そりゃ、性格に難ありとか、メカキチが過ぎるとか、言いたいことは多々あるが、常識の範囲内に収まっている、そう思っていた。
きっと、悟空のせいだな。あいつを間近で見すぎたせいだ。あいつは本当に常識外れだからなあ。
しかし今、ブルマの本来持つステータスを照らし合わせてみると、実に奇妙に思えてくるではないか。
『良家の子女』。
俺はブルマに出会うまで、女性に免疫がまったくないと言ってもいい状態だったので、ひょっとするとイメージに偏りがあるかもしれない。
でも、思うのだ。
たぶん『良家の子女』は、チューブトップにショートパンツとか着ないんじゃないかなあ。
きっと、違法(ギリギリ)改造したエアバイクで通学したりもしないよなあ。
メカ好きなのは個人の嗜好の問題だからこの際目を瞑るとしても、擦りむいた膝に唾つけて治したりとか…(っていうか治ってないぞ)
オイルだらけの手でクッキー摘んだりもしないよなあ。
屋根の上で昼寝して落ちてきたりとか、
ケンカした時に相手のコーヒー一気飲みしたりとか、
これから別れようという相手に「いたの?」なんて言ったりとか、
口より先に手が出るなんてことも、きっとないよなあ。

考えれば考えるほど、あいつは枠を外れている。いっそ心配になるくらいのものだ。


その夜、俺がひと風呂浴びてリビングへ行ってみると、無人のテーブルで、ブルマがまた何か弄っていた。
見るとビデオデッキだった。そういや調子が悪いとか、朝言っていたな。
どうせ使うのは武天老師様1人で、おまけに碌なものを見やしない、などと返していたはずだが。結局、修理してるんだな。
コーラ片手に1人黙々と作業するブルマをしばらく後ろから眺めてから、俺はソファに腰掛けた。
「おまえも好きだなあ」
ブルマは答えなかった。聞こえてないのかな。まったく夢中だな。
「何がそんなに好きなんだ?」
「好きになるのに理由なんかないでしょ」
今度はあいつは答えた。っていうか、聞こえてるんじゃないか。
俺は文句を言ってやりたい気持ちになったが、うまい言い回しが思いつかなかったので、本来の話題を続けることにした。
「そうか?俺はあるような気がするけどな」
理由っていうか、何らかの感覚はあるはずだよな。これこれこうなるのがたまらん、とかさ。
「あたしにはないわね。だいたいそんなものが必要なら、あんたなんかと付き合ったりしてないわよ」
「…そりゃ一体どういう意味だ」
まったく、こいつは酷いこと言うよなあ。
だいたい、いいとこないんなら、何で付き合うんだよ?わけわかんないよな。
「嫌いなことになら理由はあるけど。好きなことにはないわね」
どういう理屈なんだ。
「おかしなこと言うなあ。理由もないのに何で好きになるんだ?」
わっかんないよなあ。
しかしブルマはこの俺の質問には答えず、逆に俺に問い返してきた(逃げたな)。
「じゃあ、あんたはどうなのよ」
訊きながらも目線はデッキに落としたままだ。その言葉にさして本気が篭っていないことを見てとって、俺はのんびり考え込んだ。
「そうだなあ…」
改めて訊かれてみると、結構難しいな。
俺は昼間耽った自分の思考を、脳裏から引っ張り出した。
「らしくないとこかな」
そうだな。
俺はこいつのダメなところが好きなのかもな。

ふとブルマに目をやると、あいつはあんぐりと口を開けて、半ば呆然としたような目つきで、俺を見ていた。
ははは。おまえがそんな顔をするなんて、珍しいな。

俺は笑って、ブルマを見返した。
あいつは黙って、デッキを片付け始めた。
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