春待つ女
よく晴れた冬の日。ブルマが俺のところへやってきた。プーアルも連れて。
プーアルとは1週間、ブルマとはカメハウスで会って以来だから、ほぼ1ヶ月ぶりだ。まったくこいつは、俺の時はあんなに怒りやがったくせに、自分は平気で同じことをするんだからな。一体どういう性格をしてるんだ(それとも嫌がらせか?)。
まあ、そんなことは俺が一番よく知っているわけだが。それに、いつの間にか呼ぶことになってしまっていたが、たぶんこの形はギリギリ…いや、本当はダメなんじゃないだろうか、武者修行としては。プーアルはともかく、ブルマを呼ぶのは明らかに…
だが今さらそんなことも言えないので、会う間隔が開くのはむしろ幸い、俺は黙っていることにした。それに、眠っている虎をわざわざ起こしたくもない。何て言うんだっけ、そういうの。やぶへび?
とにかく、ブルマとプーアルは俺の修行する北の森にやってきた。常夏のカメハウスと、限りなくそれに近い(秋はあるが冬はない)西の都を活動圏とするブルマにとって、冬のここはかなり寒いらしく、頭の先からつま先までをすっかり毛皮で覆っていた。あいつはエアジェットのタラップから降りるなり、いつもの拳法着を着ている俺に向かって、開口一番こう言った。
「あんた、よくそんな格好してられるわね。人並み外れてきたんじゃないの?」
褒められた。…わけじゃないよな。
見ると、天然毛皮を持つはずのプーアルも、首にマフラーを巻いていた。
そうか。ここはそんなに寒かったのか。ずっと体を動かしていたからわからなかった。あの技をやっている時なんか、むしろ暑いくらいなんだけどな。ひょっとして、あれは気の特質なのかな。後でブルマに教えてやろう。
そんなことを考えながら、俺は2人の荷物をカプセルハウスに運び入れ、二言三言話をすると、後は修行に戻った。こいつらが来たからって、修行のメニューを変更することはしない。当たり前のけじめだ。


午後の修行を終え、俺がいったんハウスへ戻ると、部屋中にいい匂いが立ち込めていた。そして、少し暑かった。
自分の家がいつもと違うというのは、妙な感覚だな。最もこのハウス(これは世帯用だ。ブルマが部屋を用意しとけと言ったからな…というかあいつに貰ったんだけど)は1週間前から使い始めたばかりで、俺自身まだよく勝手を知らないのだが。
キッチンカウンターに体を凭れて、俺はその小窓からキッチンに篭っている2人に話しかけた。
「いい匂いだな。何を作ってるんだ?」
鍋を掻き混ぜていたプーアルが、宙に浮いたまま振り返った。だが俺の質問に答えたのは、キッチンとリビングの狭間でスツールに腰掛け、何やら一心不乱に手紙を読んでいたブルマの方だった。
「サウスカントリーの料理よ」
「…おまえが作ったのか?」
反射的に言ってしまった。ブルマの手料理など、もうずいぶん食べていない。だが、その記憶は鮮烈だった。
考えてみればこれが、ひさしぶりに会ったブルマへの、俺の個人的な第一声だ。そしてブルマのそれはといえば先の台詞。俺たちもひどいもんだ。
「どういう意味よ、それ。あんた、彼女の手料理が食べられないって言うの!?」
「い、いや、その…」
本当はそうなんだけど。ここでイエスと言える男がこの世にいるだろうか。
ブルマににじり寄られ、ほとんど顔色を失いかけていた俺に、プーアルが言った。
「大丈夫ですよ、ヤムチャ様。おいしいですよ」
「…あんた、その『大丈夫』っていうのは何よ」
じろりと睨みを効かせながらブルマは立ち上がり、ダイニングテーブルへと皿を運び始めた。話がそれ以上広がらないことに俺は内心安堵して、直後目に入ったブルマの姿に思わず目を瞠った。
ブルマは白いワンピースを着ていた。膝上丈の、シックな雰囲気のワンピースだ。
こいつがこういう服を着るのは珍しい。というか、初めて見た。こいつはセンスは悪くないが、どうも露出過多というか活動的すぎるというか、これまでスカートを穿いていても、シックに見えたことなどなかった。あ、シンポジウムなんかに行く時は別にしてな。そういう時はスーツだからな。さすがにスーツで露出過多というのはないからな。
俺の視線に気づいたのだろう、ブルマはテーブルに皿を置くと、スカートの端を指で摘まんで、軽く首を傾いでみせた。
「似合う?」
「あ、ああ…」
その仕種がこいつにあるまじきかわいさだったので、俺は思わず呆けてしまった。
…一体どうしたんだ。何か変な物でも食べたのか?
俺はまごつきながら、褒めるとも貶すともつかない言葉を吐いた。
「おまえがそんな服を着るなんて珍しいな。そうやっていると、おまえも一応お嬢様に見えるぞ」
「あんたは一言余計なのよ」
言いながらブルマは俺の両頬を抓みあげた。よかった。いつものブルマだ。
「ハイスクールの卒業式に着る服よ。上にジャケットを羽織るの」
なるほど。それでノースリーブなのか。…そしてそれで、部屋が暑いんだな。
正直着替えてほしい気もしたが(長袖にな)、その言葉は飲み込んだ。さすがに1日目からケンカはしたくないからな。

科学実験の時間がやってきてしまった。
ひさしぶりの実験は、肉野菜の熱放射加熱物(ポトフ)、卵細胞の輻射加熱物 (キッシュ)、スズキ亜科魚類の輻射加熱物(スズキのハーブグリル)…加熱物ばかりだな。
「サウスカントリーってね、前時代では美食で有名だったのよ。ほら、ラムローストとかあるでしょ、あれの発祥地よ」
ブルマの言葉を裏付けるように、この加熱物3種はおいしかった。より正確に言うならば、俺たちが日頃食べつけている物に、非常に近しい味がした。きっとこれが古典なんだな。
それにしても不思議だなあ。
こいつの料理で決定的にマズかったのは1回しかないんだ。他のはすべておいしかった。それがわかっているのに、なぜか素直に楽しめない。なんというかこう、ロシアンルーレットをやらされている気分になるっていうかな…
あ、あれだ。こいつの性格に似てるんだ。こいつ自身、爆弾みたいなやつだからな。こいつの料理はこいつの性格そのものだ。
この自分自身の見解に妙に納得しながら、俺は先の話題を掘り返した。
「卒業式はいつなんだ?」
プーアルのことはだいたいわかっているからな。今日の主役はこいつだ。
「再来週よ。だからその前には帰るわ」
げっ。おまえ2週間もいるつもりなのか。それはちょっと…
「言っとくけど、俺そんなに構えないぞ」
修行中の身なんだからな。…わかってくれるといいんだが。
僅かに顔を伏せてそう言う俺に(弱いな、俺って)ブルマは淡々と答えた。
「心配しなくっても、あんたの邪魔はしないわよ。あたしにもやることあるし」
「研究か?」
この前座礁したばかりのはずだが。おまえ本当に立ち直り早いな。
「ブー。ハズレ。研究はいったん休止。学院の準備をするのよ」
学院?…ああ、もうそんな時期か。
「受験か」
俺はブルマが学生――しかも受験生であったことを思い出した。もはや完全にと言ってもいいほど、その事実を忘れていた(卒業式の話をした直後なのにも関わらずだ)。かつてはあんなに口煩く言ったものだが。慣れっておそろしいな。
ブルマはポトフのチキンを解す手を休め、大きな溜息をついた。
「本当にあんたってひどい男ね。そんなのとっくに終わったわよ。だからここに来たんじゃない」
うっ。そうなのか。ということは合格したわけか。…ああ、それで1ヶ月開いたんだな。
でも、気づけっていう方が無理だよなあ。勉強している素振りなんか、まったく見せなかったじゃないか。学生であることすら忘れていたくらいなんだぞ。きっとカメハウスのみんなだってそうだ。おまえのこと大金持ちの放蕩娘だと思ってるぞ、絶対。
だが俺はそれは言わないでおいた。これはどう見ても俺の方が分が悪い。なんたって俺は『彼氏』なんだからな。カメハウスのみんなとは立場が違う。
俺はそれ以上墓穴を掘らないよう、料理を楽しむことに専念した。


夜、俺が1日の修行を終えてハウスへと帰ってくると、リビングには誰もいなかった。時計を見ると(本当は見る必要もないくらい、毎日同じリズムで修行をしている)11時だった。
プーアルはともかく、ブルマにとっては宵の口のはずだ。少しくらい待っててくれてもよさそうなものなのに。あいつ、他人の家に世話になってること、忘れてるんじゃないのか。そりゃ性分なんだろうけどな。
さっきまで逃げ腰だったはずなのに、いないと文句を言いたくなる。どうやら俺にも、ブルマの天邪鬼がうつってきたようだ。
だが、俺は大人だ。そんなことは口にしない。言っとくけど、あいつが怖いわけじゃないぞ。…たぶん。

俺はシャワーのコックを捻った。
熱い滝が体を打ち付ける。俺はシャワーの水量はうんと多いのが好みだ。なぜって訊かれても困るけど。
最近髪が伸びてきて、濡れると前髪が目にかかる。微妙なところなんだよなあ。
都に来た時、俺はブルマに言われて髪を切ったが、やっぱり長い方が好きなんだよなあ。視界に髪が落ちかかるのがいいんだよ。
だから今、前髪がそうなりかかっていることは、ブルマには隠している。知られるとまた切られてしまいそうだからな。
何とか段階を踏んで長髪にもっていけないものか。俺は最近シャワーを浴びるたび、そのことばかり考えていた。のんきかな。でも髪型って結構重要だよな。気分としてさ。

シャワーを終えてしばらくの間、裸でラバトリーにいた。部屋が暑かった。そうだ、ブルマが部屋の設定温度を上げていたんだった。まったく、風呂上りに汗かかせるなよな。気持ち悪いじゃないか。
汗がなかなかひかないので、合わせ鏡をして遊ぶ。うーん、後ろ髪が少し巻いてきているな。俺の髪は短髪だとわからないが、伸びてくると途端にクセっ毛の様相を呈する。中途半端に伸ばせやしねえ。やっぱり短髪は修行向きじゃないな。散髪するヒマ(というか場所)がないからなあ。
俺はボクサーだけを身につけ、後ろ髪に鋏を当てた。その時、バスルームのドアが開いた。
目と目が合った。俺とブルマの。
「きゃああああ!!!!!」
俺の呻きはブルマの叫び声に掻き消された。
「あんた、こんなとこで何やってんのよ!!」
それがバスルームの中にいる人間に向かって言うことか。っていうか、ここは俺が叫ぶところだ!
俺に一言を差し挟ませる隙も与えず、ブルマは力任せに外からドアを閉めた。相変わらず乱暴だなあ。…ま、この状況ではしかたがないか。
多少釈然としない気持ちは残るが…。だって、何で見られた俺が怒鳴られなくちゃならないんだ?おかしいよなあ。
見られたことについてはどうでもいい。下穿いてたし、横向きだったし。こういう時、男って得だよな。
ジーンズを穿き、髪を拭き拭き俺がバスルームを出て行くと、ドアの横に背を凭れていたブルマが、横目で睨みを効かせつつ呟いた。
「痴漢」
「おまえが勝手に入ってきたんだろうが」
「こういう時は男が悪いの!!」
どうしてそうなるんだ。
だが、俺たちの舌戦はそれ以上展開しなかった。俺の背中を両手で押しやりつつ、ブルマは言ったもんだ。
「あたしもお風呂入るんだから、早くあっち行って」
俺は呆れて物も言えなかった。
おまえ、ここをどこだと思ってるんだ。俺の家だぞ、ここは。まったく他人の家だと思っていないだろ。
もはや、こいつの神経を切ることは誰にもできない。こいつは、例え人類が滅亡しても生き残るタイプの人間だよ、まったく。


ミネラルウォーターを乾いた喉に一気に流し込んで、俺はリビングでブルマがシャワーを終えるのを待っていた。
別に理由はないけど。恋人だったら普通だろ。
さっきのことは少し気まずい気もするが、見られたのは俺なんだから、俺が平気なら大丈夫だろう。逆だったら完全放置する(される?)ところだろうけどな。
「あー、暑い」
キッチンからブルマの声が聞こえた。バスルームからキッチンへ直行したらしい。勝手にフリーザーを漁っている。…もういいけどな。
俺がカウンターのスツールに腰掛けると、やっと俺の存在に気づいたらしく、カウンターキッチンの窓から顔を覗かせた。
「あら、あんたいたの?」
「まあな」
もう、この第一声は慣れた。いつかのシチュエーションを思えば、マシなもんだ。
それに俺がいなければ、きっとこいつは怒るのだ。少しそういうのがわかるようになってきた。時々だけどな。
「これ開けて」
いきなり窓から瓶が突きつけられた。500ml入りの透明な瓶に、グリーンに白抜き文字のラベル。ワインか?見たことないやつだな。っていうか、おまえまだ17…(ちなみに俺は18歳だ。こいつより数ヶ月誕生日が早いからな)…プーアルが買ったのかな。
「何だこれ?」
「微発泡のミネラルウォーターよ。バドワっていうの。レストランでよく出てくるやつよ。栓抜きが見当たらないのよ。だから開けて」
…あのな。普通、瓶の栓は手では開けないんだ。いくら栓抜きがないったってな…まあ、開けられるからいいけどな。
俺がそれを開けてやると、ブルマはそれに直に口をつけて飲みだした。相変わらず男っぽいやつだなあ。
「あんたも飲む?」
俺は遠慮なくいただいた。っていうか、もともと俺の物だ。いつの間にかあったとはいえな。
それは一風変わった味がした。飲みつけないせいかもな。円やかな口当たりなんだけど苦味が強く、でもほんのり甘みもあって、微かに口内を刺激する炭酸の絶妙さ。
「ちょっとしょっぱいな」
「それがわかれば上等よ」
えらそうに笑いながら(別に気にならないけどな)ブルマはカウンターのこちら側へとやってきた。俺の隣へ腰掛けかけるその姿をひと目見て、俺は息を呑んだ。
「…おまえ、寝間着は?」
ブルマはピンクのバスローブを着ていた。襟元にレースをあしらった膝上丈の。念の為説明しておくと、バスローブというものはタオルの代わりであるからして、着用する時は…というか、そのローブ一体どこから見つけてきた。俺は知らんぞ、そんなもの。…プーアルか?
「えー?あるけど。暑いんだもん。もう少しこのままでいるわよ」
俺は思わず舌打ちした。部屋の温度設定を元に戻すのをすっかり忘れていた。…やっぱり俺も気が動転していたんだな。
壁のコンソールに手を伸ばし設定温度を下げて振り返ると、ブルマがカウンターの上で皺くちゃになった封書を掌でプレスしていた。
そういえば、夕食前に帰ってきた時、手紙を読んでいたっけな。あれか。
「例の手紙か?」
例の手紙――ラブレターのことだ。
「そんないいものじゃないわよ。答辞と新入生挨拶の依頼状よ。面倒くさいったらないわ」
答辞はわかるが、新入生挨拶というのは、まさか…
「トップ入学よ。当たり前でしょ」
当たり前ではないと思うが。本当におまえは嫌なやつだ。
俺が再びしょっぱい水に手を伸ばすと(このしょっぱさ、癖になるな)、ブルマは含み笑いをしながら、カウンターに片肘をつき、その体を俺に向けた。
「スピーチするのは構わないけど、草稿を考えるのが面倒くさいのよね。あんた調子いいからこういうの得意でしょ。何か考えてよ」
おまえ、何てこと言うんだ。
平常であればそう言ってやるところなのだが、あいにく俺はこの時そうではなかった。
体を僅かに斜にし、スツールの上で足を組んだブルマの姿が…――念の為説明しておくと、バスローブというものはタオルの代わりであるからして、着用する時は…(※繰り返し)
…まったく、俺にどうしろって言うんだ。
「なあ、ソファの方へいかないか?」
「何でよ?」
言えるか、そんなこと。
今度は、俺がブルマの背中を押しやる番だった。

まったく、こいつはなあ。
あのワンピース姿を見た時は正直どきっとしたし、学院の話をした時は感慨を感じもしたものだが。その後の出来事で、そんなもの全部吹っ飛んじまった。
変わらないよ、こいつは。全っ然、変わってねえ。
時々すごく大人っぽく見える時もあるんだけど、その後必ずと言っていいほど落とされるし。性格なのかなあ。
…そうだった。ロシアンルーレットなんだった。
「何、呆けてんのよ」
「あ、ああ…」
まさにその通り呆けていた俺は、ブルマの言葉で現実に戻された。
ソファの上に2人並んで、時折しょっぱい水を口に運ぶ現実に。
「で、何の話だっけ」
俺は本気で忘れていた。
「あんた、怒るわよ」
それは嫌だな。
俺は記憶を掘り起こし、ちょいと魔法の粉を振りかけてそれを口に出した。
「何かお祝いやろうか」
ブルマが少し驚いたように俺を見た。
「合格の祝いだよ」
こいつが受験に苦労したとは思えないけど、一応な。でも、トップ入学は祝ってやらねえ…悔しいからな。
ブルマは一瞬笑って――たように俺には見えたが、気のせいかもしれない――、俺の顔は見ずに、にべもなく断った。
「いらないわ。っていうか、そんなもので誤魔化されないわよ。男ってすぐ物で釣ろうとするんだから」
俺は首を竦めた。…見破られてやがる。
そんなわけで魔法は発動しなかった。現実はそう甘くないのだ。しかし、それにしても…
「何かおまえ、えらく経験あるように聞こえるぞ」
俺1人のはずだろ。
ブルマのことを疑ったわけじゃない。純粋に不思議だったのだ。
「あんた1人で充分にわかったわよ」
ブルマは俺の目を曖昧に見返した。
「何がだよ?」
俺とブルマは付き合い始めてもうすぐ3年になる。一見長く思えるけれど、それには俺の修行期間が含まれている――というよりほとんど被っている。普通の恋人たちにとっての3年とは感覚が違う。それに俺1人と付き合っただけで、男がわかったように言うのもどうかと思う。これは絶対に言わないけどな。俺にだって、その言葉がどういう意味を持つかくらいはわかってるさ。
俺の心中を知ってか知らずか、ブルマは淡々と続けた。
「あんたは薄っぺらいからわからないのよ」
薄っぺら…、おまえなあ。
「本当にあんたはお調子者なんだから」
ブルマの口調は、俺を蔑んでいるとかバカにしているという感じではなかった。でも、それにしたってなあ。
「そのお調子者が好きなのはどいつだ」
言ってやった。ええい、言ってやったぞ。
まさかここで今さら好きじゃないとは言わないだろ(…いや、こいつのことだから、ひょっとすると言うかもな。でも、口にしてしまったからには、もう遅い)。おまえにはいつも言われっぱなしだからな。たまには俺に花を持たせろ。
だがブルマは俺の言葉に困惑した様子も見せず、飄々と答えた。
「さあねえ。どいつかしら。あたしには見えないわ。1度見てみたいものだけど」
惚けるのか。こいつにしては古典的だな。まあ有効ではあるけどな。
やや気を殺がれた俺の耳に、続く言葉が聞こえた。
「でも無理ね。だって自分の顔だもの」
ブルマは俺を見据えて花笑んだ。

…負けた。

くっそー。開き直るなんてありかよ。おまえは天邪鬼じゃなかったのかよ。
俺、めちゃくちゃがんばったんだけど。…ああ、もうしばらくがんばれないな、これは。

歯噛みして悔しがる俺を横目に見ながら、ブルマはおもしろそうに笑った。
「それにね、あたしお調子者が好きなわけじゃないから」
「…じゃあ何が好きなんだ?」
「それはあたしを言い負かしたら教えてあげるわ」
…一生聞けなさそうだ。

その時、ブルマが俺に抱きついてきた。両手を広げて思いっきりくっついてきた。今のやりとりがなかったら、かわいいって思うところなんだけど。
今の俺には小憎たらしさ倍増だ。それに何やら柔らかいものが胸にあたる。あ!バスローブ…

念の為説明しておくと、バスローブというものはタオルの代わりであるからして、着用する時は…(※繰り返し)

…俺、もうダメかも。
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