生き返らせた女
俺は生き返った。ナメック星のドラゴンボールで。
みんなにはどんなに感謝してもし足りない。


「なあ、それでどんな感じだった?死んだ瞬間って」
C.Cの外庭。テラスに設えられたテーブルでアップルパイを頬張りながら、ウーロンが言った。
こいつも豪胆だよなあ。普通、そういうこと訊くか?
いや、そのこと自体について話すのは一向に構わないのだが、俺はそれに付随する事実を思い出すのが嫌だった。
つまり、負けたってことがだ。負けたから死んだんだからな。…通常一般の人生では、敗北は死に直結しないはずだが。まったくハードな人生を送ってるよな、俺も。
「どんなって訊かれてもなあ。覚えてないよ、そんなこと。気づいたらあの世にいたし」
幸か不幸かわからないが、それは事実だ。残念ながら、俺には語れることなど何もなかった。
臨死体験とか、よく聞くけど。俺のはそれとも違うし。本当に死んだんだからな。
「土産話もなしかよ。しけてんなあ」
ブラックだなあ、おい。
だが、俺は笑った。笑えるだけの余裕があった。何といっても、俺は生き返ったんだからな。生きているからこそ笑えるジョークだ。…本当にブラックだな、おい。
笑いの絶えない一同の中で、俺は気づかなかった。いつの間にかブルマが輪からいなくなっていたことに。
それに気づいたのは、お茶も終え、席を立とうとした時。あいつの皿に、ストロベリーパイが手付かずのまま残っているのを見た時だった。


夕食も、テラスでとった。それは夕食というより、ほとんどパーティの様相だった。『生誕パーティ』ならぬ『生還パーティ』だ。文字通りの意味でな。…ブラックだなあ、おい。
この時期の西の都は、陽の落ちるのが遅い。暮れ行く夕陽の中でとる食事は、生きているという実感を俺に湧かせた。
死んでいる実感はあまり湧かなかったものだけど。季節を感じ取れるということは、やっぱり生きているってことだ。界王星にはそういうのはなかったからな。
髪を弄る微風。頬を染める太陽。仲間達の喧騒。…そして、ブルマ。
俺がこの世に戻ってきた時、あいつは遠目に「おかえり」と呟いた。俺は「ただいま」と返した。誰も気に留めなかったようだけど、俺は少しくすぐったかった。
あいつらしいよな。そしてそれはすごく嬉しいことだ。
その後プーアルに抱きつかれ、雪崩れ込むように3時のお茶(いわば即席パーティだな)。そして今のこのパーティ。俺は幸せな男だ。
それを、あいつに伝えたいんだ。

俺はブルマに近寄った。あいつは黙ってそれを見ていた。
さて、何から話そう。
「ええと…その、大変だったな。迷惑かけちゃって」
こんな言葉じゃ物足りないけど、これしか言いようがない。言葉って、意外と不便なものだな。
「あのな、俺…」
思わず頭を掻いた。続く言葉が見つからない。
いや、探す必要なんてないよな。言いたいことを言えばいい。それはたった1つだ。
だが、その言葉は言う機会もろとも、相手自身によって失われた。
「ごめん。あたし、ちょっと」
言いながらC.C内へと駆け出すブルマの様子に、俺は疑心を確信に変えた。

なぜだろう。ブルマは俺を避けている。いや、俺自身をというより(傍にはいるんだ。みんなと一緒に)、俺と話すことを避けている。
俺、言わなきゃいけないことがあるのに。言いたいことがあるのに。何で言わせてくれないんだ。


ブルマがシャワーを終えるのを、俺は待っていた。ブルマの寝室で。
バスルームから戻ってきたあいつは、驚いたように俺を見た。
「あんた、どこから入ったの?」
「窓からだ」
してやられた、という顔をあいつはした。残念だったな。おまえはルームロックで防御したつもりだろうが、あいにく俺は飛べるんだ。いつもはやらないけどな、こんなこと。
なぜ避けるんだ、なんて訊かない。俺が言いたいのはそんなことじゃない。
俺が視線で指し示すと、ブルマは観念したように、俺の隣へやってきた。やっぱり、俺自身を避けているわけじゃないんだよな(それがわかっていたから強引に入ったんだ)。よくわからないな。何だろう。
とにかくだ。俺は俺の言いたいことを…
…という当初の意向は後回しにした。俺はブルマを引き寄せて、おもむろにキスをした。
だって、やっぱりそうしたいじゃないか。というか、そうしたくなったんだ。ああいいさ、蔑んでくれ。どうせ俺は男だ。
たっぷり10分程それを繰り返して(言っとくけど、こいつも拒まなかったぞ。無理強いは俺の趣味じゃないからな)、俺は理性を取り戻した。そっと唇を外して、言葉を紡いだ。
「ブルマ。ありが…」
「言っちゃダメ」
つもりだったのだが、またもや本人に遮られた。
ブルマは俺の肩に頭を凭れた。俺は耳元にその呟きを聞いた。
「そういうこと言わないで」
「何でだよ?俺はおまえに礼を…」
言いたいんだよ。わかるだろ?
っていうか、もう言ったも同然だよな。こいつもわかっているようだし。それでもやっぱりちゃんと言いたいけど。
だが、それに答えるブルマの台詞は、俺の言葉を凍らせた。それは俺には意外すぎた。
「あたしが悲しくなるのよ」
悲しい?
「だって、俺は生き返ったんだぞ。その礼だぞ」
喜びこそすれ、悲しむ理由なんてないじゃないか。
俺が言うとブルマは顔を上げ、声高に言い放った。
「あんた、生き返るってどういうことか、わかってんの?生き返るっていうのはね…死んだってことよ。あたしはそんなこと忘れたいのよ!」
俺はブルマの顔を見た。ブルマは泣いてはいなかった。…ように見せかけていた。
「触んないでよ」
零れまいとする一粒に伸ばしかけた俺の手を、あいつは静かに払い除けた。…まったく、こいつも強情だよな。
俺は自分の胸に、ブルマの顔を押し当てた。やれやれ。
おとなしく泣けばいいのに。そうしたら拭ってやるのに。
本来そんなことを言える立場ではないのだが(俺が泣かせてるんだからな)、俺はそう思っていた。
髪を撫でる(これくらいはさせてくれる)俺の掌の下から、ブルマがつっけんどんに呟いた。
「あんたなんて、勝手にのたれ死ねばいいんだわ」
はいはい。
「でも、あたしの前では死なないでよ。っていうか、前に死なないで。面倒も苦労ももうこりごり。そういうことは、次からはあんたがしてよね」
思わず微笑が漏れた。こいつのかわいいところは、これだよな。
憎まれ口を叩いてるんだけど、すごくわかりやすい。だいたい、口に出す時点で、かわいすぎだよな。
ま、他の人間(例えばウーロンとかな)はそうは思っていないみたいだけど。
「わかったら約束しなさい。あたしより後にのたれ死ぬって」
ブルマの強気の理由が、俺にはわかっていた。
「わかったよ。先に行って俺を待ってろ」
「まさか。あんたなんか待たないわよ。さっさと別の男を探すわ。あの世でね」
それは大変だ。
「だから邪魔しに来ないでよね」
「いいや、邪魔してやるよ。おまえがいつもそうするようにな。それにこれ以上犠牲者を出すわけにはいかん」
「どういう意味よ、それ」
俺は口を噤んだ。ブルマはなおも何か言いかけたが、追撃をかわす方法が俺には1つだけあった。それは口を封じることだ。




こいつは俺に女のことを教えてくれた。世界の半分を教えてくれた。これまでの人生の約半分を、俺はこいつと過ごした。
そして今度は命を与えてくれた。文字通り、俺は人生を与えられたんだ。
俺は一生、こいつに頭があがらないだろう。俺は一生、おまえの味方だ。

例えこの先、何が起ころうともな。
web拍手 by FC2
inserted by FC2 system