朝の女
肩を横断する一筋の線に俺が触れると、ブルマの頬が赤く染まった。
やっぱり女の子だよな。俺はたぶん今までで一番強く、そう思っていた。大変失礼なことながら。
水着は平気なのに下着はそうじゃないというのが、よくわからないけど。女ってよくわからないよな。男?男はどちらもそれなりに意識していたりするものさ。そりゃ差別はしてるけど。
甘美と柔和を感じながらも、完全にそれに身を委ねることは、俺はしなかった。男には男の役目がある。本当に大変だ。こういう時でなくてさえ、こいつを相手にするのは大変なのに。まったく男って損な生き物だよ。
でも、嫌じゃない。それもまた男だ。
そうして俺たちは眠りについた。同じその瞬間を経て。ここからは2人同じ懶眠の世界…

「いっ…てぇ〜」
後頭部に鈍い衝撃を感じて、俺は夢の世界から引き摺り出された。
闇に目を凝らしながら、体を起こした。数瞬前まで自分もいたはずのベッドを、今やすっかり占領している人間を見下ろした。
「本っ当に寝相悪いなこいつは…」
構わず口に出した。慌てて口を押さえることもしなかった。
絶対、聞かれっこないからだ。ブルマは起きない。何があっても。…まあ、まだそんなに激しいことを試してみたことはないが。
再びベッドに潜り込みかけて、俺は考えた。
…どちら側で寝ようかな。
壁側に潜り込めば俺はもう落ちずに済むが、おそらくブルマがベッドから落ちる。ブルマを壁側にすれば、また俺が落とされる…
せめてベッドがもう少し広ければなあ。でもそれを頼むのは、いくら何でもあからさますぎるしなあ…
幸せを手に入れることの、これが1つ目の弊害だ。

弊害はもう1つある。それは朝だ。
俺とブルマの朝は、通常まったく異なる。
俺にとっての朝は、朝日が昇る頃。ブルマにとっての朝は、俺にとっての昼だ。時折例外はあるが。
だから普通にしていれば、朝一緒にベッドの中にいる、という事態は起こらない。だが、俺はしばらくの間ブルマに合わせることにした。
3ヶ月間の教訓だ。それにやっと、両手の指に届いたところでもあるし。ま、要するにちょっと幸せを噛みしめたいな、と思ったわけだ。
…あんまり幸せじゃないけどな。
陽の光が部屋全体を照らし出した頃、俺は意識して身動ぎした。そろそろブルマに目覚めてもらいたいと思ったからだ。いくら合わせるとは言っても、あまりに遅くまで寝ていると俺が不審がられてしまう。…すでにウーロンにはバレてしまっているが。それはもうどうしようもないことだとしても、具体的に把握されてしまうのは避けたい。
俺の機微を無視するかのように、ブルマは起きなかった。俺はその鼻を突ついた。声をかけることはしなかった。昨日の朝声をかけたところ、開口一番叫ばれたからだ。
「うるっさい!!」と。
酷いと思わないか?3ヶ月ぶりに一緒に過ごした朝だぞ。しかも自分から誘ったくせに。
そりゃ起こす俺が悪いんだろうけどさ。何も本気で怒らなくても…ほんの数分、朝の時間を共有したい――ささやかな望みだと思うんだけどなあ。
俺はブルマの脇の下を弄った。笑わせて起こすというのはどうだろう。
恋人同士のくすぐりあいって、すごく楽しいスキンシップだよな。とても幸せを感じる図だ。
最初はごくごく弱目に、少しづつ度合いを強めて、くすぐってみた。ブルマは身動ぎ一つしなかった。
おかしいな。何も感じないのかな。…不感症?いや、それはないよな。だってこいつ…
思わず記憶を手繰り始めた時、いきなりそれが飛んできた。俺は間一髪それをかわした。ブルマの十八番――右の平手打ち。
「いい加減にしてよ!!」
開口一番そう言うと、ブルマは目と口を閉じた。

30分後にブルマは起きた。
おもむろにベッドに身を起こし、乱れた髪を一掻きすると、身支度を整えまさに今部屋を出ようとしていた俺に向かって、不機嫌そうに呟いた。
「…あんた、まだいたの?」
本当にこいつは寝起きが悪い。俺に幸せな朝はやって来ないのだろうか。




夕方、一時的に修行を終えて、バドワ片手に廊下を自分の部屋へと歩いていると、後ろから足音が聞こえてきた。
早足で迫り来る、荒い音。…ブルマだ。
俺は際立って聴覚に優れているというわけではないが、こいつの足音はわりとわかる。特にこういう、機嫌悪げな時の足音は。
「よう、おかえり」
努めて平静にそう言った。逃げようとは思わなかった。…逃げるにしてもタイミングというものがあるのだ。
言葉と共に振り向いて、俺は小首を傾げた。
ブルマは怒ってなどいなかった。瞳にも不機嫌の光はない。…おかしいな。俺もまだまだかな。
そう思っていた俺の背に、突然ブルマが身を寄せた。同時に両の腕で俺を捕らえて、こう言った。
「慰めて」
ぶっ!
俺は思わず口に含んでいたバドワを吐き出してしまった。
「おまえっ…」
いきなり何するんだ。誰かに見られたらどうするんだ。っていうか、その台詞は何なんだ。…また誘ってるのか?こんな時間から?
部屋に連れていくべきだろうか。でももうじき夕食の時間…
とりあえず何と返すべきなのか、俺がまったくわからずにいると、ブルマは腕を引っ込め、こともなげに呟いた。
「もういいわ」
そしてさっさと俺の先を歩き出した。来た時と同じ足音で。
「おい…」
俺は心身共に置いていかれてしまった。


夜、ブルマが部屋にやってきた。というより、俺がシャワーを浴びて部屋へ戻ると、ベッドの中にいやがった。
「おまえ、いくらなんでも勝手に入るなよ」
もはや、ロックはおろか『俺の部屋』という概念さえ崩れてきている。それにしても、今夜もやって来るとは思わなかった。
夕方に会って以来、どことなく素っ気なかったから。夕食の時なんか話しかけてもまるで上の空で、おまけに中座したまま戻って来なかった。
てっきり何か始めたものだと思っていた。新しい研究か何か。そういう時って途端に脇目を振らなくなるからな。でも、違ったんだな。
「いいじゃない。あたしとあんたの仲でしょ。それよりお願いがあるんだけど」
いつの間にかベッドから抜け出ていたブルマに右腕に抱きつかれて、俺は心を構えた。
こいつがこういう態度を取る時は、必ず何かあるのだ。古くは髪を切らされたことから、最も多いことでは買い物に付き合わされることまで。
「…何だ?」
「朝、起こしてほしいのよ。あんたが起きた時でいいから」
なんだ、そんなことか。
ブルマの返事に、俺の心は容易に解けた。
「いいけど、俺の朝って早いぞ」
こいつにとっては夜なんじゃないだろうか。早起きするのは大変結構なことだけど、少し無謀すぎるような気もする。
「構わないわ。急いでやらなきゃならないことがあるのよ」
ブルマは言い切った。その言葉で、俺は完全に腑に落ちた。
研究だな。こいつがそんなに意欲的に取り組むものは他にない。…いや、それと買い物かな。
俺は無言で了承した。ブルマにもそれは伝わったらしく、俺の頬に軽く口を寄せた。
「ありがと。じゃ、そんなわけだから。しばらくここで寝るわね」
一瞬幸せを噛み締めかけて、俺はブルマの言葉を反芻した。
…『しばらく』『ここで寝る』?
どういうことだそれは。『しばらく』起こせってことか?いや、それはいいとして、どうして俺の部屋で寝るんだ。『しばらく』って、まさか毎日か?毎日俺の部屋で寝るのか?
一体どうしたらそういう結論になるんだ。
俺は傍らを返り見た。ブルマは再びベッドの中へ潜り込み、早くも寝る体勢に入っていた。
「どういうことだ。ちゃんと説明しろ」
ブルマは答えなかった。頭までベッドに潜り込んで、言葉一つ返さない。ふと布団の隙間から、一冊の雑誌が投げ出された。
「全然話が見えないぞ。だいたいおまえ…」
毎日ここで寝るって、どういうことかわかっているのか?いや、たぶんわかっていないのだろうが、世間はそう見ちゃくれないぞ。
人間の形をした布団を、俺は揺すぶり続けた。やがて吐息が聞こえてきた。穏やかな規則正しい吐息が。
「おまえ…」
どうしてこの状況で寝られるんだ。
俺は溜息をつきながら、その塊を壁際へと押しやった。


「こいつは…」
どうしてこの状況で寝ていられるんだ。
朝日が射し込み始めたその部屋で、俺は途方に暮れていた。
事の概要に動揺しつつも結局は従ってしまった俺は、翌朝、事の本当の危険性に気がついた。
ちょっとやそっと体を動かしたくらいでは起きやしない。寝ても覚めても神経の太い女。それが俺の彼女だった。
「おいブルマ!おい起きろ!」
声を張り上げブルマの身を揺すぶり続けながら、俺の心は次の展開に備えていた。
起こしたところで事が終わるわけではない。それがブルマを起こすことの最大の特徴だ。むしろ、そこからが始まりとも言える。こいつは寝起きが本当に悪いんだ。
口にする言葉自体は、さほど険を含んではいない。半分(以上)寝ているからな。問題はその態度だ。『不機嫌』そのものなんだ。一発触発。まさにその雰囲気だ。実際にはそれほど激発されたことはない。半分(以上)寝ているからな。だがそうと知っていても、怖ろしい。これは目にした人間でないとわからないことだ。
だいたいこいつは、それほど本気で怒っていない時でも、充分に迫力があるからな。意識の箍が外れているとあっては、なおさらだ。
それでも何とか、俺はブルマを起こした。ベッドの上に身を起こしたブルマの頬を両手で叩いて、再三確認をした。
「いいか、起こしたぞ。俺は起こしたからな。もう行くからな」
ブルマはぼんやりとした目で俺を見ながら頷いた。
ああ、疲れた…
溜息をつきながらドアのコンソールへと手を伸ばした俺の背中に、その呟きが聞こえてきた。
「サンキュ…」
「おう」
俺はそれだけ答えて部屋を出た。
…本当に疲れた。

俺の努力は報われなかった。
陽が真上に昇った頃、なんとはなしに自分の部屋へと赴いて、俺は目を疑った。
乱れたベッド。散乱する衣服。転がる目覚まし時計。それはいい。
問題は、そのベッドの上だ。
「ブルマ?」
ブルマがいた。半分ベッドから落ちかけながら。朝、最後に見た時と同じ格好で。
「ブルマ!おまえ、何してるんだ」
俺があんなに苦労して起こしてやったのに。最も精神の充実するべき朝を捧げてやったというのに。
なのにこいつは、二度寝しやがったのだ。しかも、常より遅い時間まで。
俺は溜息をついた。全身に疲労を感じた。
何とか気を取り直し、ベッドへと近づいた。
「おいブルマ!おい起きろ!」
そして再び始めた。


「だって眠かったんだもん」
俺の咎めにブルマは飄々と答えた。
夜、ベッドの上で、俺はようやくブルマを咎めることができた。朝(じゃない。昼だ!)にはその隙を与えられなかった。今度こそ本当に目を覚ましたブルマが、一目散に部屋を飛び出していったからだ。捨て台詞を吐きながら。
「起こしてって言ったのにー!」
俺は起こした!再三確認した!!
その怒りは、一日を過ごすうちに完全な呆れへと変わってしまった。夜にブルマと相対した俺は、もはや怒鳴りつけることができなかった。
人は時間を経ると、テンションが維持できなくなるのだ。激しい怒りは静かな怒りへと姿を変え、やがて呆れや溜息へと変わり、最後には消えるのだ。
…俺が時々使う手だ。ブルマを怒らせてしまった時に。最もブルマの場合は消えるということはないが(少し落ち着く程度だ)。
「おまえ、もう諦めたらどうだ?」
というか、諦めてくれよ。
「ダメ!早起きしないと間に合わない!」
ブルマは言い張った。その強い意志を朝発揮してくれるといいのにな。
「だから起こして。ね?」
俺の片腕に巻きつきながら、微かな上目遣いでブルマは言った。
…女ってズルイよな。
そういう武器があるんだもんな。意識的なものだとわかっていても抗えない、そういう武器が。
「わかったよ」
俺が答えると、ブルマは俺の頬に軽く口をつけながら言った。
「サンキュー」
そして、寝た。


疲れる日々は続いた。3週間くらいだろうか。
ブルマはまったく進歩しなかった。二度寝こそあれきりしなかったが、毎朝俺の手を煩わせた。俺は毎朝精神を消耗し、同じ呆れを繰り返した。
夜ともなれば同じ会話を繰り返し、そのたびにブルマが少しだけ俺に甘えた。そして潔く就寝し、それは未練がましい朝寝へと繋がった。
ブルマの寝起きの悪さは、睡眠不足などからくるものではないようだ。そう考えるには眠りすぎているからな。少なくとも今のブルマは、これまで俺が知っている中で最も規則正しく眠りについていた。所謂、低血圧ってやつなんだろうな。それにしては普段すごく元気だけど。
ブルマの身体への理解が深まるにつれ、俺の悩みも深まっていった。
…俺、まるっきり生殺し状態なんだけど。
そういうつもりがないんなら、甘えないでほしいよ。いや、甘える意図は明らかだ。それがわかっているにも関わらず、俺は咎めずにはいられない。だって、あいつの寝起きの悪さときたら…まったく悪循環だ。
わかっている。断ればいいんだ。俺の部屋に来ることを。
『一緒に寝る』って言えば聞こえはいいけど、実際には何もないし。疲れるばかりだ。俺、まったくメリットないよな。それにこれだと、修行の旅にも出るに出られない。この状況で出て行ったら、絶対怒り狂うぞ、あいつ。
でも、断れないんだよな。…女ってズルイよな。
こんなこと、好きでもなきゃやっていられないぞ、本当に。


その日、ブルマは部屋にやって来なかった。学院からも帰って来なかった。
「泊まりかな…」
最近珍しいことではあるが、ありえないことではない。1年生の時は頻繁に泊り込んでいたらしいし。いよいよ研究が佳境に入ったのかもな。
「ふぅー」
そう思ったら肩から力が抜けた。安堵の息が漏れた。
今夜のベッドは俺一人。隣にあいつはいない。やっと安眠できる。あの満たされない想いから開放される…
俺は睡魔と手に手を取って、ベッドへと潜り込んだ。
そしてすぐに一つになった。

「ねえ、起きてよ。ヤムチャってば!」
声に聴覚を、打擲に背中を襲われて、俺は目を開けた。
「…ああ、おかえり」
すぐ目の前にブルマの顔があった。
帰ってきたのか…まあ、いいけど。それはいいけど、何もわざわざ俺を起こすこともないだろう。勝手に寝ればいいじゃないか。せっかく眠りにつけたのに…
溜息を隠しながら、ベッドの上に胡坐を掻いた。途端に、ブルマが膝の上に乗ってきた。同時に俺の身体に抱きつきながら、満面の笑顔で言った。
「構って!」
俺はもう溜息を隠さなかった。
「おまえ、明日だって早いんだろ」
なんだって俺が、こんなことを言わなきゃならないんだ。少しは事の残酷さに気づいてくれよ。
言ってやりたい。でも言えない。これまでそんなことは何度もあったが、今回は極めつけだ。
「あ、いいのよ。早起きはもう終わり。一区切りついたから。あとは自分のペースでやるわ」
「ああ、そう…」
瞬間目を瞠ってしまってから、俺は意識して口を引き結んだ。
…そうは言われてもな。だからって、そう易々と手を出すわけにいくかよ。そんなのあからさま過ぎるし、だいたい人としてどうなんだって話だよな。
気づくとブルマが俺を見上げていた。青い瞳をいつにも増して大きく見開いて、軽く小首を傾げてみせた。
「嫌?」
その唇と視線の妙なる動きに、俺は思わず息を呑んだ。
…こいつは本当に残酷なやつだよ。

3週間ぶりに夢を見た。一人では見られない夢を。
ブルマの頬にキスをした。額にも。耳元にも。首筋にも。もちろん唇にも。その他至るところに。
俺はキス魔というわけではない。こいつがそうさせるんだ。
自分から誘っておいて、恥らってみせるこいつが。恥らっているくせに、そうは思えないこいつが。俺にプライドを捨てさせるこいつが。
男って悲しい生き物だよな。本当にそう思うよ。

「ねえ、ヤムチャ」
胸元から声がして、俺は慌てて目を開けた。
正直眠かった。悶々とした気分が解消された今、後にあるのは眠気だけだった。このところ睡眠不足でもあったことだし。
でも、こいつの話は聞いてやらなきゃな。することだけしてはい終わりっていうのも酷い話だし。
「あんたは言ってくれないの?」
「何を?」
俺は訊き返した。頭が働いていなかった。そうじゃなくとも、こいつの言っていることの意味がまったくわからなかった。
「あたしのことどう思ってるか、ってことよ」
「は?」
「は、じゃないでしょ。あたしは言ったのに」
ブルマの瞳は真剣だった。その言葉の意味するところを何とか掴んだ俺は、それを見て思った。
面倒くさいなあ、と。
そういうことは途中で言ってほしいよな。素に戻ってしまう前に。そうすれば、俺もするりと口に出来たに違いないのに。
女って、そういうところ気が利かないよな。言うにしても、雰囲気ってものがあるじゃないか。そういうこと真顔で言えるほど、男は神経太くないんだよ。
だいたい、今さらだよな。5年も付き合って、朝まで一緒に過ごしておいて、『どう思ってるか』も何もないだろ。ある意味、すごく失礼な質問だぞ。
「そんなの言わなくってもわかるだろ」
さりげなくブルマの視線を外しながら、俺は言った。これを言うのだって、充分に恥ずかしい。男って本当に繊細なんだ。
「言わないとわかんない!」
「おまえなあ…」
自分がどれだけ失礼なこと言ってるかわかってるのか?
この状況でそうじゃなかったら、俺は一体何なんだ。遊び人か?終いにゃ怒るぞ。
だが、俺は怒らなかった。ブルマが怖いからではない。負い目のようなものがあったからだ。
こいつは言ってくれたんだよな。その時俺は嬉しかった。こいつもそれを味わいたいと思うのは、当然だよな。
「一日待ってくれないかな?」
きっと途中だったら言えるからさ。だいたい、こいつだってそうだったじゃないか。
「一体何を待つっつーのよ」
そんなこと言えるか!
俺は敗北を悟った。これ以上の抗いは無意味だ。むしろ不利になるばかりだ。女ってどうしてこう…いや、違うな。こいつはどうしてこうも無神経なんだ。
「ん…」
俺は頭を掻いた。時間を稼…心の準備をするためだ。一日待ってもらうのは却下されたが、5分くらいなら許されるだろう。
たぶんブルマもそれを感じ取ったのだと思う。より強く、俺の胸元に顔を寄せてきた。うん、いい体勢だ。顔を見なくてすむのなら、より言いやすいってもんだ。
俺はブルマの髪を撫でつけた。状態をより確実にするために。
さて、なんて言えばいいかな。
あんまり語尾が強いと、また始まりそうだよな。正直、今日はもう眠りたい。出来るだけ柔らかく言う必要があるな。でもボカしすぎると突っ込まれそうだし。一度で済ませたいな。
…あまり奇を衒わない方がいいか…
やや時間をかけて俺はその結論を受け入れ、実行に移した。
「ブルマ。す…」
その時、ブルマの頭が動いた。当初の意向に反して、俺はブルマの顔を見た。
「…おい、ブルマ」
ブルマは寝ていた。


なんてやつだ。
朝日を浴びるベッドの中で、気持ち良さそうに隣で眠るブルマを、俺は睨みつけた。
ひとをさんざん悩ませておいて、自分はさっさと寝やがって。俺なんか、あの後なかなか寝つけなかったというのに。
まったく、酷い話だ。
自分の都合で押しかけて、男をあんな状況に置いておいて。自分がしたくなった時だけ声かけやがって。都合よすぎだよな。俺を何だと思ってるんだ。
挙句にあの質問だ。あれだけ世話を焼かせておいて、最後にあれを訊くか?しかもその返事は無視ときた。こいつは一体、何様のつもりなんだ。
やってられないよな。まったく、好きなくらいじゃやっていられないぞ。
ブルマが目を開けた。一瞬。再び閉じて、また開けた。
その半開きの瞼から垣間見える瞳の色の意味を、俺はよく知っていた。
起き抜けだ。まだ半分夢の中だ。3週間俺を悩ませ続けた瞳の色だ。
俺はブルマの頬に触れた。夢の中から抜け出てもらいたくて。
今日は早起きする必要はない、それはわかっている。だけど俺は起きてもらいたかった。
ほんの数分、朝の時間を共有したい――ささやかすぎる望みだよな。これだけ苦労させられたんだから、それくらい叶えさせてもらっても、バチは当たらないと思うんだ。今朝は時間もあることだし。
次に耳に触れた。さらに耳たぶを引っ張ろうとした俺の手を、ブルマは鬱陶しそうに払い除けた。俺はすっかり頭にきた。
勝手な話じゃないか。あれだけさんざん悩ませておいて、今はもう放っとけってか。必要なくなったら無視か。することだけして、あとは無視か。答えすらも無視か。
そうはいかん。いつまでも甞められてたまるか。一発、俺の存在を知らしめてやる。俺の言葉だって聞かせてやる。
俺を振り払ったブルマの手を、ベッドの中に押し込んだ。思いっきり耳たぶを引っ張った。口を寄せた。
いいか、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。
「好・き・だ」
ブルマが身動ぎした。だが俺はやめなかった。こいつはこれくらいじゃ起きない。俺はそれを身を持って知っている。
「好きだ」
ブルマが目を開けた。鈍い光を湛えた瞳で俺を見ている。
「だーい好きだ」
やがて瞳から靄が消え去り、あいつの頬の色が変わったことを確認して、俺は声音を変えた。
「好きだよ」


恥ずかしくなんかない。こんなのいくらだって言えるさ。だって、嘘だからな。

俺はもうこの言葉は卒業したんだ。
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