知らない女
思うに、俺とブルマには接点が少ない。
俺は男。あいつは女。
俺は荒野育ち。あいつは都会。
俺は武道。あいつは学問。
少ないなんてものじゃないな。まったくない。

…少し昔話をしよう。


俺がブルマに会ったばかりの頃のことだ。

「いってきま〜す」
俺が朝食をとるためキッチンへと足を踏み入れた時、あいつはちょうどC.Cのホールを出たところだった。窓の外からエアバイクのエンジンが唸る音が聞こえた。
「ブルマはどこへ行ったんです?」
俺のカップにお茶を注ぎ入れながら、ママさんが答えた。
「学校よ。ヤムチャちゃんも行きたい?」
学校?…あの娘、学生だったのか。
ブルマの年齢を考えれば(というか、俺も同い年だ)全然不思議なことじゃないけど、荒野育ちの俺にはピンとこなかった。
俺は少し壁を感じた。最もそれはすぐに――早いぞ、2時間後だ――に取っ払われたわけだが。
俺がC.Cの外庭で何となく剣技なんかをやっていると(その時の俺はまだ本格的に武道をやるとは決めていなかった。天下一武道会のことも知らなかったしな)、あいつが帰ってきた。まだ昼前だというのに。
「早いね」
「サボっちゃった。つまんないんだもん」
俺はリビングへと歩むブルマの隣に並びかけながら、ふと思ったことを訊いてみた。
「つまらないのにどうして行くの?」(女々しいと思うだろうが、その頃の俺はこんな口調だった)
「どうしてって、学校は行くものよ」
そうだろうか。
「やりたいことはないの?」
さらなる俺の質問にも、あいつは躊躇うことなくすらすらと答えた。
「やりたいこと?あるわよ。そうね。じゃあ、そのために学校へ行ってるってことでいいわ」
何だそれ。
その不審が顔に浮かんでいたのだろう、ブルマは付け足すように会話を続けた。
「正直ハイスクールはつまんないけど、学院へ進むためには行かなくちゃね」
「学院?」
「あたし科学者の卵だから」
科学者。そういえばドラゴンレーダーもこの娘が作ったんだったな。
「科学が好きなの?」
「好きっていうか、気がついたらやってた感じね」
環境ってやつか。
俺は妙に納得した。俺もその環境の中で生きる術を身につけたのだから。
「だから、学校に行くわけよ。まあ、ほとんどサボってるんだけどね」
その言葉が誇張でないことは、俺のすぐ知るところとなった。

本当に、ブルマはよくサボった。サボって何をしているのかというと、俺の修行(割愛したが、途中から俺は武道の道へ進んだ)する様子を見ていたり、何か作ったりしていた。
ブルマは俺に自分で作ったメカをいろいろ見せてくれた。それは乗り物から電子機器まで実に多彩で、こいつには本当に素質があって、しかもすでに開花しているということが、はっきりと見てとれた。こんなにデキるのに普通の子と同じハイスクールに通っているんだからな、それはつまらないわけだ。
でも、我慢して行っている(サボってばかりだけど)。俺はちょっと見直した。それまで、ただ我がままの強い娘だとばかり思っていたから。

その日は、いつもと違っていた。
俺はいつもと同じように庭で鍛錬していたが、いつものように学校をサボって帰ってきたブルマの様子が、いつもとは違っていた。
酷く怒っていて、でも悲しそうに見えた。俺は手を止めてブルマに声をかけた。ブルマはすぐに俺の方へとやってきた。
「ヤムチャ!ちょっと聞いてよ!」
荒々しい足音と共に怒声を吐き出す。
「どうかしたのか?」
しかし、なぜか急にブルマは口を噤んだ。しばらく何か言いたそうにしていたが、やがて「…何でもない」と一言呟くと、俺のところへと向かっていた足を止め、踵を返してとぼとぼと自室へ入って行った。
絶対的におかしなその様子に、俺はブルマの部屋を訪ねた。ブルマは追い返すわけでもなく、俺を部屋へと入れてくれた。
ブルマの部屋は、すでに部屋というより研究室だ。メカやパーツがテーブルや床ところ狭しと並べられて、およそ女の子の部屋とも思えない。俺は別に気にしてはいなかったけど。
でもその日のブルマは気にしていた――というより、気分じゃなかったんだろう。
あいつは俺を寝室へと招き入れた。

ブルマの寝室は、ごくごく普通の内装だった。寝室以外の状態を知らなければ、何とも思わないところだろう。
セミダブルのベッドにフロアライト。ベッドサイドにテーブル。壁に1枚の絵。
誘われるまま俺がベッドに腰を下ろすと、ブルマは勢いよくベッドに飛び込んだ。
「あーあ。もうやだ!」
一言叫ぶと仰向けになって、クッションを顔に押し当てた。
「…早くハイスクール終わらないかな」
呟きと共に叫ぶ。
「そうしたら一日中研究をして、もうあんなやつらと付き合わなくて済むのに!」
何があったのか俺は訊かなかったし、ブルマも言わなかった。たぶん訊いても答えなかったんじゃないかと思う。
ただ、まいっていることだけはわかった。いつもの、怒っていたり悔しがったりしているブルマとは全然違っていた。
ブルマはベッドから身を起こすと、深い溜息をついた。その瞳に色濃く疲れが表れているのを見てとった時、俺はブルマの肩に腕を回していた。ブルマはたじろぎもせず抱かれるままになっていた。そしてまた深い溜息をついた。
「早くハイスクール終わらないかな…」
俺たちはしばらくそのまま抱き合ったまま座っていた。

そしてまた日常に戻った。
俺は修行、あいつはハイスクール。
俺もブルマも、後にも何も言わなかったけど、あの時俺たちは何かを共有した。少なくとも、俺はそう感じた。


そして、今また顧みる。
俺は男。あいつは女。
俺は修行に。あいつは都会に。
俺は武道。あいつは科学。
まったく変わっていない。
でも俺たちは一緒にいる。

あいつがドラゴンボールを探しに出てくれてよかったと心から思うよ。
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