夢見る女
イチゴには幸せという意味がある。
前にブルマが教えてくれた。


「ヤムチャ、ヤムチャ」
耳元で俺を呼んでいる。ブルマだ。
「ヤムチャってば!」
わかったよ。今、起きるって。
俺は散り散りになっている意識をなんとか掻き集めて、目を開けた。朦朧とする頭で寝返りを打つ。
「あれ?」
ブルマはいなかった。
そういや昨夜は来なかったんだったな。俺1人で寝たんだった。
と、いうことは幻聴か…。そこまで中毒が進んでいるとは思いたくなかったが…
自らの不覚を恥じつつ再び布団に潜り込むと、今度は背中の方から怒声が聞こえた。
「ちょっと!いい加減に起きなさいよ!!」
瞬時に俺は飛び起きた。条件反射だ(俺はこれを中毒の副作用だと思っている)。
「あたしが呼んだらすぐ立ちなさいよね!」
おまえはどこのヒトラーだ。
もちろんそれは言わない。俺は自分の立場をわきまえているからな。

さて起き上がったはいいが、ブルマの姿が見えない。声はすれども姿は見えず。俺が狐につままれていると、その狐がやってきた。俺の肩に。体長20cmほどの、ブルマ然とした生き物が、俺の肩の上に…
「うわっ!!」
俺は思わずそれを吹っ飛ばした。それは、向こう壁に据え付けられている本棚にぶつかって、床に落ちた。
「いった〜い、何すんのよ!!」
生き物は、背中を擦り擦り起き上がった。それはれっきとしたブルマだった。体長16cm、体重4kg、B9cm、W5cm、H9cm(各切下)のミニサイズブルマ…
「な、な、何だ何だ。あっ、おまえ、また変な物作りやがったな!!」
俺は下半身を布団に押し込んだまま、ミニブルマに向かって叫びたてた。
ブルマは肩を竦めながらも居丈高に(器用なやつだ)、腕につけている時計のようなものを掲げて見せた。
「変な物とは何よ、失礼ね!これよ、『ミクロバンド』。身につけている人間の体を小さくできるのよ。すごいでしょ!」
それが変な物じゃなくて、何だというんだ。
俺はブルマをベッドの上に抱き上げた。
「そんなもの、一体何に使うんだ?」
物自体の仕組みはすごそうではあるが、さして役に立つ代物とも思えない。小さくなるメリットなんて、あまり思いつかないよなあ。
それが証拠に、作った本人の返答も、しどろもどろだ。
「何に使うのかって言われても困るけど。そうねえ、例えばチケット代を誤魔化したりとか?」
とても金持ちの娘の台詞とは思えない。
「あ、でもベルトが締められないから乗り物には乗れないか。それにサービスも受けられないし…」
だんだん話が小さくなってきた。
その時、瞬時にそれを思いついて、俺は思わず呟いた。
「ミクロバンドだけに話も小さい。なんてな」
「……」
俺は珍しくブルマの口を封じることに成功した。

気をとりなおして、本題に入る。沈黙の罠から抜け出すと、ブルマはひどく嬉しそうに言った。
「とにかくこれで、あたしは夢を叶えるのよ」
夢?…ブルマの夢。
俺は思いだした。
「それって、ひょっとして悟空が言ってたやつか?」
「あら、覚えてたの」
ある意味、忘れようもないさ。俺と両天秤かけてたんだからな。それにインパクトもある。
しかし、そうは言ってもなあ。
「そのためにわざわざ作ったのか?」
信じがたいよな。
「そうよ。これを作ることが、長年のあたしの夢だったのよ」
ブルマの口調は真剣だった。どうやら本当みたいだ。
そんなことで、天才科学者が1人出来あがるのか…
夢って大切なんだな。

ところで、俺には1つ疑問があった。どうでもいいことのように思えるかもしれないが、不思議だったのだ。
「なあ、おまえ、どこから入ったんだ?」
部屋にはロックがかかっていたはずなんだ。
ブルマは飄々と答えた。
「換気口が外れてたわよ。ネズミに入られても知らないわよ」
入り込んだのはおまえだろうが。
その言葉を俺は飲み込んだ。


ストロベリーショートケーキに、イチゴタルト。マキシムのナポレオンパイに、これだけは外せない(らしい)籠一杯のフレッシュイチゴ。テーブルの上にそれらを並べて、ブルマは嬉しそうに笑った。
「夢だったのよね、食べきれないくらいのイチゴ」
今まで俺も見たことのないくらいの満面の笑顔。
ミクロバンドを起動させ自らを小さくすると、弾けそうな勢いで、フレッシュイチゴの籠に飛びついた。最も大きく見える1つを選び出すと、転げるようにそれを抱えて皿に乗せた。
なんだかなあ。
こんなことで幸せになれるこいつにとって、俺ってどれだけのウェイトを占めているんだろうか。
っていうか、イチゴと同じくらいの価値なんだよな。
俺は手にしていたコーヒーカップをソーサーに戻すと、俺にしては珍しく頬杖(これはどちらかというとブルマのよくやる仕種だ)をつきながら、ブルマのすることをじっと見ていた。
あいつは今度はタルトの上のイチゴに手をかけて、何とかもぎ取ろうと悪戦苦闘している。
俺はフォークの先でそれをちょいと突いてタルトから外すと、食べやすい大きさに千切って、ブルマの方へ転がしてやった。
「サンキュー」
ブルマは大きな口を開けて、本当に幸せそうにそれにパクついた。

…ま、いいか。


しかしなんだな、こいつも。
なんだかんだ言って、かわいいやつだよな。
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