かわいい女
「ヤムチャ」
甘い声が俺を呼ぶ。
「ヤムチャったら」
俺は目を開けた。
「お・ね・ぼ・う・さ・ん」
俺は固まった。起きてすぐに、固まったのだ。
目の前にいたのはメデューサ…ではなく、ブルマだった。

ベッドから半身を起こしかけて、俺は頬にブルマの指が当てられていることに気がついた。
ほら、あれだ。漫画なんかで時々出てくる…女の子が男の頬を、かわいらしく指で突つくやつ。俺には一生縁がないものだと思っていたが。
俺は頭を振って、睡魔を体から追い出した。
そして、もう1度目の前の人物を見た。…やっぱりブルマだ。
ブルマはまったく邪気のない笑みを浮かべて、俺を見ていた。
「どうしたの?変な顔して」
それはこっちの台詞だ。
「おまえこそどうした。ここで何してるんだ?」
とりあえずそう訊いた。ブルマがここにいる理由に、思い当たらなかったからだ。
「あなたが起きるのを待っていたのよ。今日、デートの約束したじゃない」
あなた?
「でも、おまえ昨日、今日はダメになったって…」
何かの日程が変更になったから、デートは中止。昨日、確かにそう言った。
「それが大丈夫になったのよ。だからあなたが起きるのを待っていたの」
あなた…
おまえ、言葉遣いが変だぞ。
いや、大変美しい言葉遣いで結構なのだが、おまえが言うと異常に変だ。
その時、俺の脳裏に1つの考えが閃いた。
「おまえ、何企んでるんだ?」
「何よ、失礼ね」
あ、戻った。
うーん。どうやら企んではいないらしい。企んでたら、ここで戻らないだろうからな。

俺はブルマとC.Cを出た。とりあえずデートだ。
こいつが行くと言ったら行くのだ。それが俺の性なのだ。
しかし、それにしてもやっぱり変だ。
まず、服装。服装が変だ。
色は白で統一。肩こそ露出しているが、足はほとんど隠していて(奇跡だ)、胸元にコサージュなんかをつけていて、アイテム自体は見たことのあるものなのだが、コーディネートの仕方が絶対的におかしい。
控えめで、女らしくて、かわいいのだ。信じられるか?
そして、それはブルマ本人にも言えた。
「で、どこへ行く?」
「そうね、遊園地なんかどうかしら」
おかしいじゃないか。
「また遊園地?本当にバカの1つ覚えなんだから!!」
おまえの台詞はこっちだろ。
何か変なものでも食べたんだろうか。そう思って俺は訊いてみた。
「なあ、ブルマ、おまえ昨日何食った?」
「何の話?」
「おまえ昨日、なんとか教授の茶会に呼ばれてただろ。そこで何食った?」
「何って…そうね、ストロベリーショートケーキとかストロベリータルトとかストロベリーパイとかよ」
イチゴばかりだな。
イチゴの中毒症状なんだろうか。

俺たちは遊園地の中をゆっくり歩いた。
ブルマは「コースター3連発よ!」などと言うこともなく、イチゴソフトを舐めながら、俺の手をそっと掴んでいる。道行く人(特に男だ)が時折こいつにチラチラと目をやるのがわかった。
そうなんだ。こいつって、実はすごくかわいいんだよ。
大きな瞳はきれいな青で、髪なんかサラサラだし、肌もきれいで、唇は自然に色づく。ちょっと童顔なくせしてスタイルは抜群って、最高だよな。
それがいつもはあんなに怖く見えるのは、どうしてなんだ。
でも、今日はそうじゃない。俺の言葉にいちいちかわいらしく頷いて、口から出る言葉はすごくきれいで、まるでそよ風のようだ。
ひょっとしてこれが本当のブルマなのか?何かの理由で呪いが解けたのだろうか。

…いや、信じられないな。
人生そんなに甘くはないはずだ。

「はい、ヤムチャ、あーん」
「……」
遊園地の中のカフェで、俺はブルマに口の中にケーキを押し込められていた。
こいつ、かわいい顔して、こういうことだけはするんだ。おまえ、ツボ心得すぎだろ。
「おいしい?」
「……」
周囲の俺を見る目が痛い。羨望の眼差しがチクチクする。
俺は正直、まいっていた。

だって、こんなのが彼女だったら大変だぞ!こんなかわいい女、男が放っておくはずないだろ。
きっとこの性格では平手打ちもできん。守りきるのが大変だ。
ひょっとすると地は隠しているのかもしれないが(朝、ちょっと戻ってたしな)、それにしたってかわいすぎる。

無邪気に笑うブルマを、俺が見返したその時。その声が乱入した。
「ちょっと!あんたたち、何してるのよ!!」
カフェの入り口に、もう1人のブルマがいた。
俺は瞬時にわかった。
こっちだ。こっちが本物のブルマだ。
「ブルマ!おまえ生きてたのか!!」
俺はブルマを抱きしめた。
「ちょっと、何すんのよ!離しなさいよ!!」
ブルマは俺を冷たく睨んで引き剥がすと、かわいい方のブルマの襟首を掴んだ。
「さっさと帰るわよ!話はあとで聞くわ!」

聞くわとブルマは言ったが、実際のところ聞いていたのは俺だった。
「コピーロボット?」
俺は頓狂な声を出した。C.Cのブルマの部屋だ。
「そうよ。鼻を押すと、元に戻るのよ」
そう言って、かわいいブルマの鼻を押した。それは瞬時に木の人形(ピノキオみたいなやつ)に姿を変えた。
「もう1度押すと変身するわ」
そう言って、今度は人形の鼻を押した。再びかわいいブルマが現れた。
「なるほど」
「姿形だけじゃなく、記憶までコピーするのよ。すごいでしょ!!」
でも性格はコピーできなかったわけだ。
「何か言った?」
俺は口を押さえた。
「っていうかあんた、少しはおかしいと思わなかったわけ?」
「そりゃ思ったけど…」
ああ、思ったよ。ものすごくおかしいと思ったよ。
だけど普通、2人になってるだなんて思わないよなあ。
俺は基本的な質問を口にした。
「それにしても、何でこんな物作ったんだ?」
ブルマは口を尖らせて答えた。
「だって、用事言いつけようと思ったのよ。そしたら、あんたとのデートに行けるかと思って」
「ははは」
俺は笑った。こいつ、かわいいとこあるじゃないか。
でも、やめてくれよな。


ああ、でもよかった。
ある意味、こっちの方が気が楽だ。
あんなかわいいのが彼女だったら、きっと俺は嫉妬で狂い死ぬ。

…やっぱ中毒だな。
inserted by FC2 system