「残念だったな。どうしても注ぎたいってんなら、おれが受けてやってもいいぜ」
「お断りよ!」
2人の舌戦がスタート地点に戻ったからだ。…おいおい、ウーロン。いい加減頼むよ…
俺はもう完全に、場を去りたい気持ちになった。すると老師様が、それを示唆してくれた。
「やれやれ。おぬしらも何というか…ま、後でゆっくりやるんじゃな。餅つきが終わったら、少し時間を取ってやるわい。わしらは餅も食べ放題じゃからの。さて」
すばらしいタイミング。やっぱり、そういうことをしていない老師様は、頼りになるお方だ。
「その餅をつきにゆくぞい。働かざる者食うべからずじゃ。正月といえども気を抜くでないぞ」
「はい!」
俺とクリリンはいつも以上に意気揚揚と、声を揃えた。クリリンの目にはもう、先ほどの夢見るような気配は微塵もなかった。どうやら、クリリンにもようやくわかったようだ。俺の立場の大変さが。ちょっと言い合いをしていれば『またケンカ』と言われるし、ちょっと仲良くしていればウーロンがこんな風に絡んでくるしで。本当に大変なんだぞ。
当の本人であるウーロンは、もうまるで興味がなさそうな顔をして、手酌で屠蘇を飲んでいた(初めからそうしていてくれ)。もう一方の本人は、少しばかり胡散臭そうな目つきをして、俺たち師弟を見ていた。俺に対するその気配が一層濃厚であることに、俺は気がつきたくなかったが気がついた。これは一日の修行が終わった後が大変そうだな。そう思いながら、老師様の後に続いて席を立った。
今は修行だ。そのことだけを考えよう。まだ半日あるから、その間にブルマの不満も和らいでくれるかもしれないし。…無理かな。どうかな…
すでに修行のことだけを考えられる状態ではなかったが、俺はそういう自分を無理に強制しようとは思わなかった。そんなことをせずとも、すぐに自ずとそうなれるということを知っていたからだ。そして、今日に限っては、それはいつもより格段に早かった。
ソテツの並木を隔てて会場の隣に用意されていた、見慣れない道具。2本の棒と、数え切れないほどのそれを同時に視界に入れた時、すでに俺の意識は目の前にあるもののみに向けられた。
「わっ!何これ。どうしてこんなに臼がいっぱいあるわけ!?」
何やら驚いているブルマを横目に、俺はそこへ行ってみた。すぐにクリリンがやってきたので、俺もすぐに訊いてみた。
「どっちが臼で、どっちが杵なんだ?」
「こっちが臼で、こっちが杵。臼の中に餅米を入れて、杵でこう…」
ここでクリリンは杵とやらを振りかぶってみせた。
「…つくんですよ」
「粉々にならないか?」
「米は先に蒸かしてあるんですよ。潰れて最後に纏まって餅になるんです」
「なるほど」
「一度つくたびに捏ねる必要があるんですけど、それはたぶん老師様がやるんじゃないですかね。俺たちのスピードに普通の人がついてこられるとは思えませんから」
ここですでに俺の気持ちは、かなり修行に向いていた。いつもならば修行内容を聞いた際に感じてしまう『出鼻を挫かれる感』のようなものも湧かなかった。俺にとっては、この餅つき自体が新鮮なのだから。さらに視界の隅に見えた老師様とブルマの様子が、俺の気持ちを後押しした。老師様はとても和やかにブルマと話をしていた。いつもと違って、何のちょっかいを出すこともなく。ブルマが怒っていないので、それがわかった。
「では始めるぞい。つく餅は600kgじゃ。わしがそれぞれのついた餅を捏ねて回るからの。各々つく時は声を出すように。手をつかれてはかなわんからのう」
やがて老師様がそう言って、着物の袖を捲り上げた。次にクリリンが袖を捲って、杵を振り下ろした。最後に俺も袖を捲って、杵を振り下ろした。
「せっ!」
「ほっ」
「せっ!」
「ほっ」
クリリンが声をかけ、老師様がそれに答える。俺が声をかけ、老師様がそれに答える。一定のリズムで繰り返される反復運動。少し緊張感に欠けるかな。そう思わないでもなかったが、それほど強い思いではなかった。老師様の修行はほとんどすべてがそんな感じだ。もう慣れた。まあ、完全に吹っ切るまでにはそれなりの葛藤があったが。ある一つの事故を経て、俺はこの心境に達した。…あれはな。かなり情けなかったからな。おまけにブルマが淋しがってたことにも気づけなかったし。いろいろと教訓になった出来事だ。
そんなことを考えていたのも初めのうちだけで、俺はやがて完全に杵を振り下ろすことに集中した。クリリンの言っていた、『僅かのコツと、力』。いつしかそれだけが念頭にあった。やはり武道はいい。身をやつしている間は、すべてのことを忘れられる。体を動かすというのは、俺の性にあっている。本当にそう思う。
1時間近くも経っただろうか。確かに餅と思われる匂いが、臼からしてきた。老師様が捏ねるのをやめたので、俺たちも杵を手から放した。途端にプーアルが、俺のところへ飛んできた。
「お疲れ様です、ヤムチャ様!」
「まあ、汗は掻いたけど、それほど疲れはないな。薪割りみたいなものだな、これは」
「あー、確かに。そう言っておけばよかったかもしれませんね」
「わしゃ、ちょいと腰が痛くなったがの」
老師様が背中を擦りながらそう言ったので、俺はふと会話に参加していない面々の方へと目をやった。少し離れたところに黙って笑いながら佇んでいたランチさんは、依然として大人しい方のランチさんだった。なぜ彼女を確認したのかというと、老師様がこの手のことを口にした日には、ランチさんに体を揉んでもらうのが常だからだ。ただそれだけのことだった。でも、それだけのことではないような気のするものが、彼女の隣に見えた。
着物の袖を口元に当ててやっぱり黙って佇んでいるブルマは、妙にしとやかに見えた。いや、しとやかというよりはちょっと…さらにちょっとどころか、思いっきり溜息を吐いているところを、俺は見てしまった。
「ブルマ、どうした?着物に疲れたか?」
それで、少しばかり遠回しに訊いてみた。言葉は何でもよかった。…とはいえ人は、自分がそうであると他人もそうだと思ってしまったりするものだ。特にこの、女の着物はものすごく動きにくそうだからな。
ブルマは一瞬表情を固まらせた。次に、さっきまでの不満そうな顔を蘇らせた。…マズい。やぶへびだったか?そう俺が思った時、さらに違う顔を見せた。
「ううん、平気。ちょっとお屠蘇飲み過ぎちゃった」
言いながら俺を見上げて、はにかんだように小さく笑った。両の袖を軽く持ち上げて。それがまたすごくかわいかった。なんというか、何かをくすぐるような仕種だ。俺がこれまで、一度も見たことのないものだ。
一体、どうしたんだろう。
ずいぶん浮き沈みが激しいな。ブルマの気が変わりやすいのなんてとっくにわかってたことだけど、こんな風に目の前でころっと変わったことなんて、あっただろうか。…あったか。あったどころか、しょっちゅうだな。にっこり笑ってみせた後でいきなり怒り出したりするからな、ブルマって。でも、その逆は初めてなんじゃないだろうか。初めてじゃなくとも、非常に珍しい。いや、やっぱり初めてかもな…
そんなことを、ブルマの視線を避けながら俺は考えていた。そう、視線。ブルマからの視線が強かった。さっきとは違う意味で。いつもとは全然違った意味で。
なんか、すごく甘い瞳をしてるんだ。絶対に気のせいじゃない。だって、俺はこの瞳を知っている。まだ俺とブルマが出会ったばかりの頃、本当に最初の頃、俺が都に出たばかりの頃、ブルマが俺に見せてくれていた瞳だ。…俺、何か思い出させるようなことしただろうか。俺は何も思い出していないんだが。この瞳以外には。
帰りの車内もこの調子だったら堪らんな。俺はだいぶん困った気持ちになって、そう思った。嬉しくないわけではないのだが、やっぱり堪らん。せめてそういう気分を出すのは、みんながいない時にしてくれないかな。俺はてっきり、ブルマも俺と似たような感覚を持っているものだと思っていたんだが。今までずっとそうだったから。みんながいない時でさえ、たいして甘くならないような感じだったのに…
最もこの困惑は、それほど長くは続かなかった。ソテツ並木の切れ目を通って会場へと足を踏み入れた時、ふいにブルマが叫んだのだ。
「わー、餡子がある!さっそく食べようっと!」
そしてあっという間に、異常に狭い歩幅で駈け出していった。それを見て、さっきも思ったことを、俺はまた思った。
…変わり身、早いな。
『色気より食い気』ってやつなんだろうか。なんだか悟空みたいだな。それにしてもブルマって、そこまで餡子好きだっただろうか。これがイチゴに対する反応なら、まだわかるんだが…
「あっ、おいし〜」
とはいえ現実に、ブルマが非常においしそうな顔をして餡と餅を食べ始めたので、俺は考えることをやめた。考えるほどのことでもない。それにはっきり言って、すごく助かった。
俺はすっかり気を抜いて、ブルマから目を離した。会場内はなかなかに賑わっていた。餅に群がる村人たち。赤い布の上に置かれた杵と臼を、物珍しそうに弄り回している子どもたち。ところどころに設えられた赤と紫の長椅子。そしてその頭上には同色の異国風傘。周囲を囲むソテツに括りつけられたしめ縄…
今改めて見てみると、この会場もかなり異質だ。来た時には感じなかったが(というか、観察できるような心境じゃなかった)。ここには何度か来たことがあるが、こういう風に見えたことはなかったな…
俺は再び違和感に襲われた。やがてそれはさらに強まった。異質な会場の一角から、異質な声が聞こえてきたからだ。
「ねえ、ランチさんも食べたら?餡餅、好きなんでしょ。その間、あたしが亀仙人さんにお酌していてあげるから」
言いながらランチさんに皿を差し出しているブルマの顔は、まったく邪気のない笑顔だった。それには全然違和感はない。ブルマとランチさんは、意外にも仲がいい。ブルマが
彼女を慮っていることにも、それほどの違和感はない(いつもはたいてい逆だが)。だが…
「こりゃあ珍しいこともあるもんじゃわい」
「ちょっとだけよ。変なことしたら、お屠蘇ぶっかけるからね!」
多少のらしさを覗かせながらも、ブルマが武天老師様の隣に自ら腰を下ろしたので、俺は本当にびっくりした。『亀仙人さんなんか放っておいて食べたら?』。ブルマの場合、こう言う方が自然だ。老師様本人も、珍しいとおっしゃった。他人の目から見ても、十分に異常な事態――
…俺、ちょっと離れてようっと。
俺はブルマを怖れていたわけではなかった。ブルマにだって、かわいいところはちゃんとある。そんなことわかっている。でもそれが、武天老師様にまで向けられているとなると…
『そら怖ろしいほどのかわいらしさ』。さきほど酌をされた時に感じたそれを、俺は思い出していた。
かわいいのはいいのだが。それはとても歓迎すべきことなのだが。でも、困ってしまうのもまた事実だ。
「なんかブルマさん、すごく機嫌いいっすねえ」
ふいにクリリンがやってきて、そう言った。皿と箸を一組俺に差し出しながら。
「そうみたいだな。正月だからかな」
「何かしたんすか、ヤムチャさん」
「俺が?どうして」
「だって今日のブルマさん、いつもと違っていかにも彼女って感じするじゃないっすか。いいな〜。おれも彼女ほしいなあ」
クリリンは何やら気になる表現で、ブルマの異常を認めた。…まあいいけど。
「あー、腹減った。さてと、おれは納豆からいこうかな」
そして例によってさっくりと、話を流した。『彼女がほしい』そうクリリンは時々言うが、それほど本気でほしがっているとも思えない。少なくとも武天老師様やウーロンに比べれば、淡泊とも言えるほどの女性への執着のなさだ。…いや、そっちを基準に考えるのは危険か。そうだな、きっとクリリンが普通なんだろうな。
俺も普通を保っていこう。そう俺は自省しながら、少し気になったことを訊いてみた。
「納豆なんかどうするんだ?」
「どうするって、餅に入れるんですよ」
「えっ、納豆を餅に!?」
「結構メジャーな食べ方ですよ。知らないっすか?」
クリリンは意外そうな顔で俺を見たが、はっきり言って俺はちっとも気にならなかった。朝、着物を着た時に浴びた視線に比べれば全然マシだ。
「納豆だけで食べる人もいますし、大根おろしやネギを入れる人もいますし。その辺は適当ですけどね」
「なんかメシみたいだな」
「まあ、似たような味ですよ」
朝、着物を着た時とは違い、さくさくと会話は進んだ。さくさくとクリリンが納豆を餅に入れた。俺もさくさくと、それに倣った。そうして、いざ箸をつけようとした時だった。
「ちょっとヤムチャ!何、納豆餅なんか食べようとしてんのよ!」
忘れかけていた彼女の声が、どこからともなく飛んできた。同時に手も飛んできた。箸を奪われながら貰った言葉に俺は思わず納得して、残された手元の皿を見つめた。
「ああ、これ納豆餅って言うのか」
「もうヤムチャさん、いちいち新鮮なんだから…」
「いや、そのまんまの名前だなって思って」
イースタンの言葉って、直截的だな。『着物』に『納豆餅』。なんとも誤解しようのない名前だ。『餅つき』も知ってしまえばそうだよな。
そう思ったら、途端に心が落ち着いてきた。だが一つだけ、俺を落ち着かせてくれないものがあった。
…ブルマだ。
「納豆なんか食べちゃダメ!」
「何で?」
「そんなの食べたら、後で困るでしょ!」
「後で何が?」
「あー、もう!!」
なんだかさっぱり言うことが要領を得ない。はっきり言って、らしくない。怒っているのはわかったから、どうして怒っているのか教えてくれ。いつもなら二言目にはそういうことを言ってくるのに。平手打ちや無視をするほど怒り狂っていない時だけだけどな(そして今はそういう時だ)。
「ちょっとこっち来て、ヤムチャ!」
はいはい。
心の中でそう答えてから(口にするほどバカじゃない)、今やすっかりいつも通りの様子となったブルマの後について行った。…襟首を掴まれながら。この着物ってやつも、便利なんだか不便なんだかわからんな。どうしてこうも捕まられやすいんだ。やっぱり、道着に似ているな。胸も取りやすそうだしな。
ぽかんとした顔で俺たちを見送るクリリンが、他の村人たちの陰に隠れて見えなくなった頃、ようやくブルマは足を止めた。そして振り向きざま、厳しい口調で再び怒り始めた。
「あのね。納豆なんか食べたら、匂いがするでしょ。匂いがしたらできなくなっちゃうでしょ」
「だから何が…」
俺はさすがに呆れを感じて、だが結局は同じ台詞を吐いた。本当に全然的を得ないな。怒っているのはいいとしても、何だってそうくだを巻くんだ。
「キスが!初キスが納豆の味なんてやーよ、あたし」
「は…」
初キス?
俺は思わず呆然としてしまった。それは何か違うんじゃないか。だいたい、どうしていきなりそういう話になるんだ。そんな気配が一体どこに――
…あったか。思いっきりあったな。俺にだってわかるくらい。わかり過ぎて困るくらい。実際、俺は困っていた。そして、今も困っている。さらにこの先、もっと困ることとなった。
「っていうか、今してよ」
ブルマが、非常に強い眼光を閃かせて、そう言ったのだ。それは絶対に、冗談を言っている口調ではなかった。
「そうよ。今してよ。そしたら納豆食べてもいいから。今なら袴姿だし、ちょうどいいじゃない」
「…さっぱり意味がわからないんだが」
くだを巻いているを超えて、支離滅裂だ。本気だということ以外、何もわからん。
だが、次の瞬間ほとんど鼻がくっつかんばかりの距離でブルマが声を上げたので、ようやく俺は気がついた。
「袴着てるうちにしたいの!格好いいから!」
「う…」
…酒臭え。
ブルマのやつ、めちゃくちゃ酒臭いぞ!一体いつの間に飲んだんだ!?全然、気がつかなかった。
「ね?いいでしょ。キスして!!」
「え…ああ。…今はちょっと。じゃあ後で…」
すべてが腑に落ちた俺は、ブルマに対する態度を切り替えた。酔っぱらいをまともに相手にするな。それが世界の常識だ。例え国が変わろうとも、これだけは変わらない。
「やだ!あたしは今したいの。今、キスしたいの!!」
…そして、酔っぱらいは簡単には後へは引かない。それもまた、常識だった。
一体、どうしたものかな。
腑に落ちてもなお、俺は困っていた。するとふいに背後から声が聞こえた。
「おまえ、何してんだ。大声出しやがって、恥ずかしいやつだな。しょうがねえな、どうしてもキスしたいってんなら、おれが相手してやってもいいぜ」
いつの間にかウーロンが近くまで来ていて、一見親切そうな面構えでそう言った。すでに必然とも言える流れで、ブルマがウーロンを怒鳴りつけた。
「うるっさいわね!あんたに用はないのよ!!あたしはヤムチャとキスしたいの。今!ヤムチャと!キスしたいの!!」
「ちょっとブルマ、そんな大声で――」
ウーロンも、そういう無駄なちょっかいを出すのはやめてくれ。
それを口に出す暇はなかった。気づけばウーロンだけではなく全員が集まってきていて、ほとんど聞こえるように言っているとしか思えない内緒話を、遠巻きに始めていた。
「まあ、どうしましょう。私がお屠蘇を勧めたばっかりに」
「ブルマさんって、酒乱だったんですね…」
「いや、この我儘は地だろ」
「所謂、キス魔というやつのようじゃな」
「でも、誰でもいいわけじゃないみたいっすよ」
「だから地なんだって」
俺は思わず天を仰いだ。もう他に、どこに目をやればいいのかわからない。
とはいえ、それすらも許してくれなさそうな人物が一人いた。ブルマはすでにウーロンを相手にするのをやめたらしく、じっとりと半ば据わった目で俺を見ていた。
体に突き刺さる、周囲からの強い視線。心に突き刺さる、目の前からの強い目線。
「ああ、ええと…ブルマ、とりあえず場所を変えよう。な?」
当然、俺は後者を取った。同時に、この場から去りたい欲求も満たすことができる。俺はいつだって、真面目に修行してきた。きっと老師様も理解してくださるはずだ。
「またそうやって誤魔化そうとしてー」
「いや、誤魔化してないから。ここは人目が気になるから車に…」
「本当?」
「ほんと、ほんと。…………ちょっと車の中に押し込めときます」
それでも一応ブルマの隙を見て俺が本当のことを告げると、老師様は淡々として俺の期待を裏切った。
「ま、適当に応えてやるんじゃな」
うは…
「30分ほどしたら、わしらも行くからの」
30分…
長いなあ。いや、短いかな。30分で酔いが醒めるだろうか。醒めたからといって、落ち着くだろうか。
依然として困惑しながら、俺はブルマの背を押して歩いた。今はこうするより他にない。それにしても、ブルマはいつから酔っていたんだろう。どこまでが素で、どこからが酔いなのだろうか。
「ねっ、手繋いで」
ふいにブルマが顔だけを振り向けて、そう言った。その瞬間、俺は気づいた。
俺を見るブルマの目が、あの頃と同じであることに。俺たちが付き合い始めたばかりの頃、まだ軽い言い合いにさえもそれほど慣れていない頃、ブルマが俺に見せてくれていた、素直で直截的なあの瞳。それはとても酔っているとは思えないほどに、きれいな瞳だった。
「えへへ」
言いようのない空気に流されてブルマの手を握ると、ブルマはおもむろに顔を上げて、はにかむように軽く笑った。俺と繋いだ方の腕だけを、大げさに振り回しながら。それはとてもしとやかとは言えない仕種だったが、ものすごくかわいかった。なんというか、ブルマらしいかわいさだった。
「るーっるるっるるんる〜ん♪」
微かに耳に入ってくるブルマの鼻歌を聞きながら、俺は一瞬天を仰いで考えた。
30分…
…さて、どうしたものかな。