酔いどれの戦士たち
――笑い上戸、泣き上戸、怒り上戸。
すべて酔ってのことだということはわかっているが、それにしたって限度というものがあるわけで――


ある、気持ちのいい夏の日。カメハウスで酒盛りをした。カメハウスに集まる面子と言えば、もうわかるだろう。
悟空とチチさんと、武天老師様とクリリン。今日は金髪のランチさん。天津飯と餃子は、よほどのことがなければやってはこない。そこにブルマとウーロンとプーアルが加わって…
つまり、三箇所から人間が集うわけだ。とはいえ俺は修行先の荒野から直接エアバイクで来たので、実際には四箇所だったが。第23回大会以来、初めてみんなで集まるというから、やってきたのだ。でなければ、こんな過ごしやすい時期に修行を切り上げたりなんかしない。
でも、夜も更けた頃には、再びエアバイクに乗って、半日前にいた荒野へと向かっていた。


「くっそー、ブルマのやつ…」
俺はすっかり腹を立てていた。それ以外の気持ちは、まったく湧いてこなかった。
「…ちょっと酔って口が滑っただけなのに、あそこまで言うことないじゃないか!」
ただただそんな風に思っていたのは、まだ酒が抜けていなかったからに違いない。だが、この時の俺には酒気を抜く必要性は感じられなかった。俺は冷静だ。話だって、ブルマと違って、ちゃんと通じる。
「おまえ、なんでついてくるんだよ、悟空!」
だから、しっかりとバイクのハンドルを握りながら、身一つでバイクに平行飛行している悟空に声をかけた。悟空は少しだけ目を丸くした後で、飄々と答えた。
「だってチチのやつがおめえのこと止めろって」
「…まったくおまえは、結婚が何かもわかってなかったくせしやがって、なんでそう愛妻家なんだ!」
「アイサイカ?オラそんなの知らねえぞ、どんなイカだ?」
「知るか!」
「なんだよ、おめえが言ったくせによう」
まったく、誰も彼も話の通じないやつばかりだ。皮肉めいたことを心の中で呟きながら、どこまでもしつこく追ってくる悟空の姿を、今度はまじまじと観察した。そう、皮肉なことはもう一つあった。
「…おまけに、空まで飛びやがるし…!反則なんてもんじゃねえぞ!」
どんなに荒れた場所を走ろうと、どれほど高度を上げようと、何の苦もなくついてくる。それも、エアバイクに乗っている俺に対し、悟空は正真正銘の体一つだ。筋斗雲にだって羨望感あったけど、これはもうそれ以上じゃないか。
「おめえも舞空術できるようになりゃいいじゃねえか」
「…ああ、そうだな」
俺の皮肉な呟きも、悟空はけろりとした顔で流して、俺の『それ以上の気持ち』を煽った。…本当にな、前回それでやられた敵の技を次の時には身につけているなんて、悟空の頭の中には枠ってものがないんだよな。
そして、それが当然であるかのような顔をしている。もはや『天真爛漫』だけじゃ済まないような気がしてくるよ…


なんとなくブルマへの気が殺がれたところで、目的地に着いた。
「ふーん、ここがヤムチャの修行場か。なんか、おめえの家があったとこに似てんなあ」
「ああ、俺はこれからしばらくここで修行する。だから、悟空はもう帰れ」
エアバイクをカプセルに戻すと、後には微かな砂煙だけが残った。乾燥しがちなこの荒野だが、この時期は風がほとんど吹かないため、視界は悪くない。人はいないに等しく、時折飢えた獣が横行するくらいで、昼ともなれば格好の修行場となる。明かりがまったくないので、夜には火を熾す必要があるが。
「本当にこのまま修行すんのか?カメハウスに帰って、ブルマと仲直りした方がいいんじゃねえのかー?」
「放っておいてくれ」
「放っとけって言うんなら、放っとくけどよう」
しつこく追ってきたわりには緩いことを言う悟空に少なからず呆れながら、俺は薪を拾いにかかった。それくらいで引き下がるんなら、どうしてここまでついてきたんだ。そう言おうとしたところ、悟空は何の衒いもなく自分から言い出した。
「でもすぐ帰ったらチチのやつに怒られっちまうから、もう少ししたら帰るな!」
「…愛妻家で恐妻家か…」
「キョーサイカ?オラそれも知らねえなあ。ひょっとして、都にいるイカなんか?」
「…まあ、あまり気にするな」
「ふーん?ま、いっか。都にいるイカなら、どうせ見ることねえもんな」
「…………」
この一連の悟空との会話で、俺は完全にクールダウンした。気が抜けた、というのが正確なところかもしれないが。ともかくも、岩場の陰に集めた薪に気を使って静かに火を点け、パチパチと爆ぜる炎を前にゆっくりと胡坐を掻いた。そして、僅かにひりつく頬を撫でながら、数時間前のことを振り返った。

「いきなり何するんだよ」
「あんたが最低なこと言うからでしょ!」
「俺が最低だと!?」
「ええ、最低よ。この酔っ払い!」

…確かに、最低だったな。
なんであんなこと言っちまったんだか。いや、ブルマの言う通り、酔っ払ってたからか。でも、だからって、殴ることないじゃないか。酔ってるってわかってるんならなおさら――みんなもいるってのに…
「おっ、ムカデ見っけ。ここで焼いていっか?」
「…勝手にしろ」
「オオカミでもいねえかな〜。オラ、腹減ってきちまった」
「…おまえって、いつもそんなこと言ってるよなあ」
やがて俺の斜め前に座り込んだ悟空のあまりのマイペースぶりに、俺の呆れは笑いに変わった。ひたすらにマイペースなのに、その天真爛漫さ故イライラさせられはしないのが、悟空のいいところだ。そう思った俺に対し、悟空はさらにその天真爛漫さを押し出して、さらりと耳に痛い台詞を口にした。
「おめえとブルマは、いっつもケンカしてるよなあ」
「うっ……い、いつもってことはないだろう」
「でもよう、オラが初めて西の都に行った時もケンカしてたし、占いババんちでもケンカしてたし、こないだの武道会でもケンカしてたぞ」
「それは悟空の間が悪いんだよ」
「そうかなあ。オラ、そんなこと言われたことないけどなあ。それに、それを言うなら、何回もケンカするおめえたちの方が間が悪いんじゃねえのか」
「な…」
「何回もケンカしてるってことは、何回も仲直りしてるってことで、本当に仲が悪いわけじゃねえんだろ。チチが前に言ってたぞ。わかんねえのはちっとも悪いことじゃねえって。間違えても素直に直せるのがいいって。同じこと間違えねえようにすることが大事だって。オラもそう思うな」
「…………」
生意気言いやがって…
喉元まで出かかったその台詞は、態度を伴うことができずに、口の中で霧散した。意思とは裏腹に、俺は笑って茶化すことができなかった。『生意気』で片づけるには意外過ぎた。
その事実が、ではない。あり得る話だ。悟空には教えることがいっぱいありそうだからな。きっとチチさんは教えながら諭し、悟空は教わりながら頷いたんだろう。そういうことを恥ずかしげもなく他人に話してしまうのも、悟空らしいところだ。だが…
「おっ、焼けた焼けた。ムカデが焼けたぞ。ヤムチャも食うか?」
「いや、いいよ。俺はそんなに腹減ってないからな」
「そうか?じゃあ食っちまうな。オラ、ムカデ焼けるの待ってる間に、なんだか眠くなってきちまってよう。これ食ったらもう寝るな!」
少なからず考え始めた俺をよそに、悟空は再びマイペースぶりを発揮して、その場に横になった。そして、ムカデをぺろりと平らげると、高いびきを掻き始めた。俺はすっかり呆気に取られて、炎に照らされたその寝姿を見呆けた。
…おまえ、何しに来たんだ。俺を連れ戻しに来たんじゃないのか?確かに放っておいてくれと言ったのは俺だが、いくら何でも一緒に寝ちまっていいのか…
驚きと呆れ。ある意味いつもの境地。だがそこに、いつもとは違う感心の微粒子が紛れ込んでいることに、俺は気づいていた。
そう、俺はわかっていた。結果的に悟空は、頭を冷やすにちょうどいい時間をくれたのだということを。さっきすぐに帰ってても、ケンカが再燃するだけだったろうからな。計算してのことじゃないとはいえ、悟空の功績であるには違いない。
そして、もう一つの功績。これは正確には、チチさんの功績なのかもしれないが――
爆ぜる炎に一瞥をくれてから、俺はゆっくりと手を伸ばした。目の前にいる悟空はまるで天真爛漫な寝顔をしていたが、俺の脳裏には、先ほど目にした見慣れない表情の悟空が残っていた。
――ちくしょう。大人になりやがって、まあ…
もう、こんな風に頭を撫でるのも似合わねえな…――
どうやら成長したのは体だけではないようだ。悟空じゃなければきっと当然であるに違いないそのことを、受け入れるのに俺は少し時間がかかった。よもや武道以外でまで、悟空に追い抜かれるとは。はっきり言って、悟空が結婚しちまった時よりもショックでかいよなあ…
すでに俺は気づかれても構わない気持ちで、悟空の頭を指でわしわしやっていた。それでも悟空は起きなかった。寝返りのついでのように、片手が払い除けにきただけだった。…こんなに鈍いやつなのに。そう思いながら、俺は空を見上げた。闇夜に光る月で時刻を計りながら、心の中でこれからのことを決めた。
しゃあねえな〜。…朝になったら帰るか。すごく格好悪いけど…
たった一晩で出戻るなんて、情けないことこの上ないけど。でも、悟空に免じて、頭を下げよう。
これ以上、置いて行かれたくはないからな。
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