飼われる男
あたしはコピーロボットLot1(最初に作ったやつ)を破棄した。信じられない一言を、ヤムチャが呟いたからだ。

「ブルマ、あんたコワいわよ」
あたしはピクリと眉を上げた。『コワい』。これは今のあたしにとって禁句だった。
これがヤムチャやウーロンやプーアルだったら怒鳴りつけてやるところだけど、相手がディナだったので、あたしは自制心を動員した。
そして、さりげなさを装い訊ねてみた。
「ねえ、『かわいい』の反対って何だと思う?」
「そりゃ『かわいげがない』でしょ。何あんた、そんなこと言われたの」
言うなりディナは腹を抱えて笑い出した。
「失礼ね。あたしは言われてないわよ」
あたしはコピーロボット(Lot1)の一件をディナに話して聞かせた。Lot2(成功例)のことには触れずに。
Lot2を一般に公開する気はなかった。あれは、あたしだけが使うことにメリットがあるのだ。
あれが普及すれば、人間と科学の進歩は加速するだろうけれど、必ず社会的な問題が出てくる。そんな面倒はごめんだわ。もし他社が先んじるようなことがあれば別だけど。
あたしが話し終えると、ディナはまじまじとあたしの顔を見つめて言った。
「あんた、相変わらずおもしろいことしてるわねえ」
「それって褒めてんの?」
あたしは顔を顰めてみせた。
「大いにね。これだからあたしは、あんたとの付き合いをやめられないのよ。ま、あたしが男だったら付き合いたいとは思わないけど」
ここで次の台詞を吐くのがディナらしいところだ。
「あんたの彼氏はえらいわよ。そんないいペット、あたしも欲しいわ」
『ペット』。この言い方はあたしの気にいった。
「そうね、あいつはペットね」
「せいぜい苛めてやりなさいよ…言うまでもなさそうだけど」
カラカラとディナは笑った。あたしは机に身を乗り出し、軽く眉を顰めてやや話の軌道を変えた。
「そのペットはどうしたら従順になると思う?」
「何よ、懐いてないの?」
「懐いてないって言うか、放浪しっぱなしなのよ」
これは比喩じゃない。誰にも言えないことだけど。
「要するに追ってほしいわけだ」
ディナは頬杖をつきながら、おもしろそうにあたしを見やった。
「そ、そんなこと言ってないでしょ」
そうじゃないわよ。あたしはただ…
…ただ、何かしら。
「まったく、女王様気質なんだから。いいわ、あんたにアドバイスをあげるわ。『ちょっと』って言うのをやめなさいよ」
ディナの言葉はまったくあたしの心外だった。
「何よそれ」
「あんた怒る時いっつも『ちょっと』って言ってるわよ。気づいてないの?」
「ええ?」
そんなこと言ってるかしら。っていうか、自分が怒ってる時のことなんか知らないわよ。
「それをやめたら絶対ケンカ減るわよ。『エイジ600サイエンス』を賭けてもいいわ」
あたしはこの最後の台詞に乗った。


怒ることをやめること。「ちょっと」って言うのがその引き金。
後半部分には納得しかねたけれど、あたしはディナのアドバイスを実行してみることにした。
そもそも、あたしそんなに怒らないし。実行するっていうほどのことでもないかもね。


その時、あたしはリビングのソファで本を読んでいた。
前世紀の書物。書物っていうか、漫画だけど。タイトルは――『ぼくはペット』。
「おまえ、ペット飼うのか?」
あたしの手元を覗き見て、あたしのペットが言った。
「ああ、これ?違うわよ。前時代の漫画よ。ディナに借りたの。ディナって古い本いっぱい持ってるのよね」
「ふうん」
気のなさそうな声でヤムチャは言い、あたしの隣に腰を下ろした。
「所謂コレクターってやつね。今取り組んでるテーマの参考になるかと思って」
なぜかふいにヤムチャは眉を顰めた。なんで?あたし、何も口走ってないわよね。
「おまえ、そういうものにすぐ影響受けるからな」
横から口を出したウーロンに、ヤムチャが大きく頷いた。何それ、どういう意味よ。
「ちょっと!あんたたち――」
――あたしの叱責は未遂に終わった。
…本当だ。言ってる。
あたし、口癖なんてあったんだ。…全然気づかなかった。
20年目にして初めて知ったこの事実に、あたしは少し動揺した。振り上げるつもりだった拳をおさめて、リビングを後にした。
「なんだ、あいつどうしたんだ」
訝るウーロンの声が聞こえた。

上等よ。これをやめればいいんでしょ。やってやろうじゃない。




(この先に、ヤムチャVer後の後日談があります。注意!)




「結局、ダメだったわ」
ディナと2人いる研究室で、あたしはポツリと呟いた。ディナはおぼつかなげな顔をして、あたしを見た。
「何の話?」
「何って、口癖よ」
あたしはこともなげに言った。ディナはなおも瞳を燻らせていた。
「口癖がどうかしたの?」
「どうって…」
…あっ!
あたしはバカ正直に説明しようと口を開きかけて、瞬間心の中で叫んだ。
「あんた、担いだわね!?」
あたしの叫びに、ディナはようやく合点がいったようだった。
「ひょっとしてこの前の話?何よ、あんた本当にやったわけ!?あっはははは、信じらんな〜い!!」
わざとらしく腹を抱えて笑い転げると、ディナはあたしの頭を撫で、大口を開けて褒め称えてみせた。
「大丈夫、あんた充分かわいいわよ。自信持つのね」
そう言ってディナはまた笑いだした。

こうしてあたしは1人の男と1人の女から「かわいい」という称号を貰い受けた。
…うれしくないわ。
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